29.満月の日
「きっと香矢は亜矢を守っているのよ、お姉さんだものね」
そう言って由樹の隣に腰をかけたのは、ラビだった。
「あら? 部屋の掃除は?」
「亜矢の幼稚園のときのお絵描き帳見つけていろいろ説明してくれてるうちに、疲れて寝ちゃった。そうだ、ママお腹空いた。いい香りのチモシーちょうだいな」
「あら、あら、ごめんなさい、すぐ用意するわね」
ラビにチモシーを催促され、由樹がソファから立ちあがった。
亜矢の体内に残る香矢、シノが寄生先として選んだ香矢は、ラビの言う通り亜矢の身体を守っていた。今までは日常の危険からで十分だった、しかし「シード・モンスター」たちを敵にした今。香矢は亜矢を新たな方法で守る必要がある、やがてシノの存在とその場所を突き止めたドクとZIGのエージェントたちは亜矢を狙うだろう。善三は最後にこう締めくくった。
「ルナティ86は月の光に含まれている。だが太古の大気にくらべ今の大気は希薄でしかも有害な物質が多く含まれている、そのためシノは限られた、満月の夜しかその力を発揮できなくなってしまっている」
善三の話を聞いだだけなら、誰一人としてそれを信じるものはいない。雄馬も自分が巻き込まれていなければ、おそらくそうだったに違いない。だがそれは、疑いもなく事実なのだ。
その日から早速、ラビは不審な映像や電波のチェックを始めた。ラビは情報処理のスペシャリストとして来日している設定だ。亜矢の送り迎えは、趙の役目だった。ボディー・ガードに彼以上の男はなかった。
それは、次の満月の日だった。昼間の満月はその存在を忘れがちだが「ルナティ86」は確実に地上に降り注いでいた。
薄暗い森にフクロウの鳴き声がこだまする、夜の狩人「こだまフクロウ」が両肩からとび色の羽を広げた。羽音もなく上空に舞い上がり、人間と同じく左右の目で物を立体として捉える。このハンターは鹿を軽がると持ち上げると、鹿のまだ動いている心臓を鋭い爪でえぐり出した。
「ホウッ、ホウッ。そろそろ狩りの時間が来た、ああ、86の光を浴びて闇の力がみなぎる」
「こだまフクロウよ、邪魔ものは始末してしまえ。欲しいのは、シノだけだ」
ノアが力を溜めてアジトに戻って来た「モンスター」にそう命令した。
「承知しております、数日分の『86』は十分にございます。あの娘ごとつれ帰りましょう」
「力加減を間違って殺さぬようにな、ふふふふっ」
「それも承知、生身の人間の体内でなければシノを運ぶことは不可能ですから」
すっかり、学習を終えた「シード・モンスター」は完璧に人の言葉を覚えていた。
「ドク、何かお考えがございますか?」
「趙の娘はまだ探せないのか? ZIGともあろうものが、エージェントも大したことがないな。伊織」
憤慨をあらわにして、彼は状況をドクに報告した。
「娘を連れ出した男は、意外なことに日本人、しかも橘由樹の妹と結婚していた男でした」
「美樹の夫だと。そいつは『テツ』だったというのか」
「ご存じなのですね」
「ああ、あいつなら手強いだろう。居場所くらいは見つけているだろうな」
「それはもう、一気に襲いますか?」
ドクが笑った。
「核ミサイルの在庫でもあるのか? 伊織、奴を侮るな」




