21.バニー・レディー
その声は趙の膝に上ったラビから聞こえてきたのだ。ソファーに座った趙が説明した。
「私の声帯をコピーしたらしい、シードをもつものは同族の能力をコピーできます」
「ああら、まあ亜矢が知ったらきっと大喜びね」
由樹は何事もない様に立ち上がった。
「コーヒー、入れ直しましょうか? 趙さん」
「由樹さん、ありがと。ミスター・雄馬と同じ、黒いのください」
「はいはい、ブラック・コーヒーね趙さん」
「ママ。私にはチモシーをひとつかみね」
「まあ、いっぺんににぎやかになったわね、じゃあラピも一緒に来て」
由樹はキッチンへ向った。ラビはぴょんと趙の膝から降りると後からついていった。日高の作り出した「シード・モンスター」の秘密を知るのは「駿河」を除けばここにいる三人と一匹(?)になった。雄馬は心強いパートナーを得た。
「テツ、死ぬなよ……」
雄馬はここにいない「駿河哲生」の身を心配した。
「ところで君はヘリの中で私に礼を言っていたな、訳を聞かせてくれないか?」
趙は由樹とラビが戻ってくると、ブリーフケースから銀色のボイスレコーダーを取り出した。再生されたのはオロスの少数民族の言葉だ。雄馬には意味が分からない。チベットあるいはモンゴルの言葉に似ていた。由樹なら意味が解かるかも知れない。そう思い雄馬はボイスレコーダーを由樹に近づけた。しかし彼女の学んだ少数民族の言語くらいでは大まかな意味しか解らなかったようだ。
「サランチムグ(月の飾り)と言うのがあなたの娘の名前なのね、これは娘さんの雄馬への伝言。感謝の言葉ばかり。バヤルララー、ユウマ。あなたにありがとうって……」
「サラは心臓病だった私の一人娘だ、心優しい美しい娘だ。ミスター・雄馬の作った『心臓弁』で命をとりとめた。だがその弁に使われた『ゴラゾーム』のデータを知った『Z会』は上部組織『ZIG』の命令でサラを誘拐した。その目的は私を『ZIG』のエージェントとして使うためにだった」
彼が行方不明の間に、サラを助け出しそれを哲生が守っているのだと言った。
「サラはいくつ?」
由樹は一応美樹のために(?)そう尋ねた。
「14歳、年頃だ」
「うーん、微妙ね……」
「ビミョウ?」
雄馬は話題を変えた。
「ところで、体に異常はないのかミスター・趙?」
「ミスター・雄馬、今後は『趙』そう呼んでください」
「解った、趙。変異について詳しく教えてくれ、どういうものなのか」
「シードは寄り代とした生きものの『ミトコンドリア』を栄養として成長していくのです。そのため『寄生種』の一種という分類です。寄り代の寿命は20%程度は少なくなります。一度『寄り代』から体外に出てしまうとシードはひからびて死んでしまいます。そのためシードが『寄り代』に起こる危険を感知したとき、それらから自身を守るために、一時的に『寄り代』の持つ能力を高める様に全身の細胞内『ミトコンドリア』に指令が出ます。大抵は『擬態』や『冬眠』などの自己防衛ですが、危機を回避する場合にはバッタの『飛蝗』、や時には積極的に攻撃する場合もあります。その指令の役目を持つのがシードが発芽した姿『ラグ』と呼ばれる幼体です」
「寄り代が趙の様に人間だと、それをさっきの様にコントロールできるのか?」
雄馬は彼が哲生の顔に『擬態』した事を聞いた。
「どうやら、寄り代が人間の場合は人間の指令に従う様です。ただ他の動物の場合はどうですかね?」
夢中でチモシーを食べているラビに向って彼がつぶやいた。
「あっ、今私のこと馬鹿にしたろう? ようし、どうだ」
ラビが垂れ耳を持ち上げて後方にぴょんと飛び跳ねた。
「あらまあ、なんてこと」
立ち上がったラビは人間に「擬態」していた。とっさに男二人は由樹に手で目隠しをされた。そう、ラビは本物の「バニー・レディー」に擬態したのだ。
「レディーはちゃんと服を着るものよ」
由樹が着替え用のタンクトップとジーンズを渡した。
「ママ、これでいい?」
ラビはそう言うとソファーの上に飛び乗った。
「なるほど寄り代に従うのか」
肩まで垂れていた長い耳もまた、趙が雄馬に話した事を証明していた。




