12.寄生種
「稲荷脳外科」の長女由樹は、NACの医療センターに勤務していた。ドクター・稲荷は橘善三の盟友として、『ゴラゾーム』の研究もしていた。再生細胞の臨床データはドクター・稲荷の功績によるものが大きい。帰宅して、亜矢の寝顔にキスをすると、雄馬は由樹に日高から聞いた仮説を話した。
「由樹、これが『シード』だ、残ったのは二つだけだ」
雄馬は上着のボタンをスライドさせ、小さなカプセルを取り出した。それは液体窒素によって冷凍保存されていた。雄馬は話し始めた。
「稲荷のお義父さんが研究していた『ゴラゾーム』に欠けていたものが、こいつなんだ。驚く事にこれはマンモスの脳に寄生していた。そして末端神経にまで広がっていた『ゴラゾーム』に指令をしていたに違いない」
「指令って? 変異細胞の『ゴラゾーム』に指令を出していたと言うの」
「ああ、日高の仮説では、マンモスを仮死状態にして驚異的な寿命にしたり、マウスを強靭な皮膚にしたり、切り取られたマンモスの足を元通りに再生したのはすべて脳に寄生した『シード』の指令によるのだそうだ」
「コーヒー、入れましょうか?」
「ああ、とびきり濃いのにしてくれ。まだ話はあるから」
日高は雄馬にこう言った。
「寄生種『シード』は宿主の生命力、つまり『寿命』を食って生きる。その引き換えにその体を最大限守るのではないでしょうか、それはまるで不死身の様に変異細胞を使って」
その説明として、マウスがほんの数日しか生きられなかった事や、その細胞はすべて破壊されていた事からおよそ寿命の2割程度が失われると結論づけたのだ。マンモスには細胞は残っていた。しかし日高はその細胞から『ミトコンドリア』が消えている事まで突き止めていた。
「マンモスは『シード』の宿主として適当だったため、十分成長して卵を産む事が出来たのでしょう。体中の『ゴラゾーム』が集められ『シード』の卵となったのです。マウスの場合『シード』は『餓死』したのでしょう」
マグカップを受け取り、雄馬は由樹に言った。
「由樹、お義父さんの探していたものがこの『シード』さ」
「これが……」
「ああ、太古のもっとも進化した生き物『寄生種シード』なんだ」
雄馬は、コーヒーを飲むと由樹にこう告げた。
「今は『シード』は休眠している、常温では発芽いや孵化してしまうんだ、もしこいつが孵化したら、俺たちが真っ先に宿主にされてしまうぞ」
「ちょっと、あなた脅かさないでよ」
「ハハハッ、ごめんごめん。もしそうなったら俺の寿命が20年は食われてしまう、俺は100まで由樹と暮らしていたいもんな」
そう言い残して雄馬は浴室に向った。
「まあ、本当かしら?」
由樹は笑って少し飲み残したマグカップをシンクに運んだ。
日高の仮説はほとんど正しかった。ただひとつ違っていたのは、『シード』が成長し卵となった時『ゴラゾーム』は集められるのではなくその正反対に『拡散』されると言う事だった。微小な霧となり、体外に『拡散』されるそれは、『エクトプラズム』『オーラ』『気』『人魂』などと各国で呼ばれているものだった。それは植物で例えるならば、花粉のようなものだ。
そのころオロスの研究所のシェルターには日高を含め三人の研究員が生き残っていた。某国の中性子爆弾でさえ、そのシェルターを突き抜ける事は出来なかった。
「派手に報復されたものだ、お陰で随分身軽になった」
日高は、冷凍保存されたシャーレをデスクから取り出した。その中にはマウスから取り出した死んだ『パラサイト』が入っていた。
「おかげでここで最終兵器の研究が続けられる。世界中は俺にひれ伏すだろう」
日高は補助電源を入れ、残存している放射能を中和するため、巨大な「クリーナー」の電源を入れた。二人の研究員がむくりと起き上がった。




