7.高山直哉(20歳)の元日
里美を誘ったものの、親が駄目だというからと同行を断られた直哉だったが、迷った挙句に、結局は祖母の家がある長野を訪れた。
その家は、父が生まれた家だったが、その父は5年前に交通事故で死亡していた。
だが、痴呆が進んだ祖母のタミは、息子が死んだことを理解できないでいる。
そして、何度も電話をしてきて「いつ帰ってくるのか」とばかりに駄々をこねる。
いくら「オヤジは死んだんだ」と説明をしても笑って「悪い冗談だ」と言う。
電話口に出た直哉を若いときの自分の息子だと信じて疑わないのだ。
父親が死んでからすっかり病弱となった母に頼まれて、直哉が祖母の様子を見に行くことになった。
面倒を見てくれている小母夫婦の話だと、タミは「息子が帰ってくる」と大喜びしているという。
確かに直哉は父そっくりの顔立ちをしている。
親戚の誰もが、まるで生き写しだと驚くぐらいだ。
そんな直哉が目の前で父親が死んだことを説明すれば、何とかそれを理解してくれるのではないかという淡い期待もあった。
元日の朝、直哉は長野駅に着いた。
深夜バスを使って行ったのだった。
小母が車で迎えに来てくれていた。
「ほんとうに、お父さんそっくりだね。」
小母はそれでも暗い顔をしていた。
「却って、息子が生きているという錯覚を信じ込まないかねぇ。」
小母はそれを心配していた。
だが、そうした心配はすべてひっくり返った。
直哉が祖母タミの前に行った時、タミは少し怪訝な顔をして、
「あのう、失礼ですが、どちらさまで?」
と言ったのだ。
あれほど周囲の誰もが瓜二つだと言っていた直哉の顔を見ても、若いときの息子が帰ってきたとも言わなかったのだ。
そして小母の名前を大声で呼んだ。
「豊子さん、お客様ですよ。応接間にご案内して・・・。」
直哉は、里美を連れてこなくて正解だったと思った。
(完)