5.山本直子(49歳)の元日
昨年の11月に長女の真由美を結婚させた直子だったが、この4月には次女の明美の結婚式が控えていた。
明美には待ちに待った結婚式であった。
昔から「妹が先に嫁に行くと、姉は結婚できない」と言われたものだ。
「物には順番がある」ということなのだろう。
明美には恋人がいた。大学時代からの恋人だ。
本音は、卒業と同時に結婚をと望んだのだが、「姉の真由美が結婚をしないうちは嫁に行かせる訳にはいかない」との父親孝之の主張で、延び延びとなっていた。
長女の真奈美だけが孝之の実子でないこともあったのだろう。
そう、直子も真由美を連れての再婚だったのである。
その懸案であった長女の真由美が、昨年、ようやく結婚にこぎつけた。
もちろん本人が積極的に動いた結果ではなく、拝み倒すようにして顔の広い仲人好きな老夫婦に依頼してのお見合いである。
母親の直子にすれば、相手が再婚で姑が同居するという条件を見て、本当はその話は断りたかった。
確かに器量的には一歩劣る娘だが、それでも最初からそんな苦労するであろうと思われるところへ嫁がせたくはなかった。
まさに自分の経験を踏まえた母親としての心情だった。
ところが、どこをどのように考えたのか、当の真由美が「行きます」と言い出した。
妹のことや、自分の歳が30歳に届いてしまったということが作用したのか、初めて自分から「結婚したい」と言い出したのだ。
「本当にいいの? この人で。」
直子は、そっと真由美に問いかけた。
「はい。」
そう答えた真由美の目に、まっすぐな決意があった。
あれから2ヶ月。
「お正月には里帰りさせてもらえないの?」
そう訊ねた直子に、真由美が答えた言葉が印象的だった。
「はい、こちらにも可愛がってくださるお母様がおられますから・・・。」
娘の弾んだ声に、直子は嫉妬にも似た寂しさを覚えたものだ。
「だんだん寂しくなるなぁ。」
正月の朝の食卓に、夫婦2人と末娘里美だけのお節が並んだのをみて、夫の孝之がポツンとそう言った。
「里美、お前はゆっくりとしていけよ。」
高校3年の末娘に「お年玉」のポチ袋を渡しながら、にっこりと笑った。
(完)