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怪人現る

《怪人現る》





壁や天井に急にヒビが入ったかと思うと、いきなり崩れ出したのだ。破片が全て、内側に向かって落ちていった。何か強い力によって、外側から押し潰されているかのような、そんな崩れ方だった。



おれはとっさに親父にかぶさった。

背中に割れた天井板、瓦礫、二階にあったタンスやベッドが降ってきた。

「痛いっ、痛い痛い痛いっ!」

地震だろうか?

動揺しながらも、逃げなければと思い、親父を抱えると、窓ガラスを突き破って外に飛び出した。

「ぶえっ」

すると、顔に蜘蛛の巣がひっかかった。窓の外で、蜘蛛が巣をはっていたらしい。

慌ててそれをぬぐうと、親父を抱えたまま走り、道路に出た。


家から少し離れた場所まで来ると、親父を地面に降ろした。

そして、ふりかえると、おれは絶句した。親父も横で、うわっと声をあげる。



おれの家が、白いものでびっしりと覆われていた。



それは蜘蛛の巣だった。



窓の外だけではなかった。家全体を、信じられないほどの大量の蜘蛛の巣がびっしりと埋め尽くしているのだ。まるでマンガ「すごいよ!!マサルさん」の主人公、マサルの家のようだった。白い布のアレね。わかんないひとゴメン。



さらに驚くことに、その蜘蛛の巣は、ひとりでに動いていた。そして家を締めつけ、破壊しているのだ。



ベキッ・・・・・・バキッ・・・・・・ベキャキャッ・・・・・・



コンクリートが、鉄骨が、派手な音をたてて、崩れてゆく。土煙があがる。目の前で、おれの家が握りつぶされてゆくかのように破壊され、小さくなってゆく。



ふざけた光景だった。

あまりの異常の連続に、頭がおかしくなりそうだった。



「おい、あそこに誰かいるぞ」

親父が隣の家の屋根を指差した。

「え?」

おれは上を向いた。



隣の家の屋根に、ひとりの女が立っていた。



裸だった。



月明かりに照らされて、白い肌、形のいい乳房が朧気に見える。顔はちょうど影に隠れていて、ここからだと確認できなかった。



おれと親父は、しばらくの間、無言でその女を見上げた。



女はこちらに気付くと、屋根から飛び降りて、おれ達の前にふわりと立った。

おれと親父は、揃って悲鳴をあげた。





その女の顔は、蜘蛛だった。





人の頭ほどの大きさの、茶色の蜘蛛が首から生えていて、繊毛の多い八本の足を、カサカサと動かしていたのだ。



また怪物だ。

おれは泣きたくなった。本当になんなのだ今日は?



「わたしの名前はクモシダバー」

蜘蛛女が無機質な声でしゃべりだした。頭部の蜘蛛の口の部分が、カチカチと動く。

「シダバー?」

親父が反応する。

その女、クモシダバーは、親父を見て首をかしげた。

「おまえは標的だね。TF細胞を作り出した男。我等の怨敵」逆方向にガクンと首をかしげる。「キングシダバー様に殺すようにと命令された男。だけどおかしい。おまえはどうやって、わたしの糸で密封し、破壊したあの家から逃げだせたのだろうか?おかしい。まあいい殺す」

クモシダバーは、そう言って歩み寄ってきた。



おれは親父の前に立った。



事情はよくわからないが、こいつは親父を狙っているようだった。

すると、クモシダバーは立ち止まり、おれをじっと見ると、またガクンと首をかしげた。

「おまえは何だ?」

「・・・・・・・・・・・・」

「人間ではないな、おまえ。シダバーでもない。何だ?おまえは何だ?」

「・・・・・・おれにもよくわからねえよ」

背後で親父が、うう、とうめいた。



とにかくおれは、この異常を受け入れることにした。



自分の肉体がどうにかなってしまったということ。



シダバーという怪物が、親父を狙っているということ。



この二つの事実を、いまは深く考えずにまず受け入れた。



「親父を襲わせはしないぞ」

おれは構えをとった。

子供の頃に習った、少林寺拳法の構え。

何年ぶりだろうか。

「おまえは、わたしの邪魔をするつもりなのだろうか?」

クモシダバーが、抑揚の無い声で聞く。頭部の蜘蛛の足が、ガサガサと激しく動く。気持ち悪い。怖い。

「あ、あ、ああ、そ、そ、そうだっ!」

本当は逃げたい。やせ我慢している。足が震えている。内股になっている。

「では、どいてもらうことにする」

「や、や、や、やってみろっ!」

声が裏返った。



クモシダバーは、動かなかった。直立不動のまま、しばらく両手の指をうごめかせると、こう言った。

「おまえだね。さっきわたしの糸を破ったのは。おまえが何なのかは分からないが、家にしっかりと巻いたあの糸を破れるとは、よほどの力を持っているようだ」



家を脱出した時、蜘蛛の巣が顔にひっかかったことを思い出す。あのときのことか。

あれはクモシダバーの糸だったのか。普通の蜘蛛の巣と同じような感触だった気がするが。

しかし、その糸が、おれの家を破壊したのは確かだ。



「気がついていないみたいだけど、糸はまだおまえの体にくっついているよ」



クモシダバーが指をくいっと動かした。



その途端、ふくらはぎに激しくつねられたかのような痛みが走り、おれの体はぐるんと逆さまになって宙に浮いた。



何か強い力が、ふくらはぎにの肉を引っ張って、おれの体を持ち上げていた。



足を見て、驚いた。



ふくらはぎに、一本の細い糸がついていた。

その糸が、おれの体を高い所まで引っ張りあげているのだ。



クモシダバーの糸だ。糸の先はどうなっているのかは暗くて見えないが、おそらく奴の指につながっているのだろう。

さっき糸を突き破って家から脱出したときに、ふくらはぎにくっついていたようだ。



どこから伸びているか分からない糸によって、おれは電柱の上あたりの高さで宙吊りにされた。遠くから見たら、逆さまになって空中浮遊しているように見えるだろう。



やべえやべえやべえっ!高い高い高いっ!怖い怖い怖いっ!



ふくらはぎの、つねられるような痛みが続く。糸がくっついている箇所はそこだ。おれは糸をはずそうと思い、体を折り曲げ、足についた糸に手を伸ばした。



手が糸にくっついてとれなくなった。



泣きたくなった。



クモシダバーが腕を振った。



また糸に引っ張られ、おれの体はぐうんと宙を舞った。



視界に一瞬、月が映ったあと、闇。



轟音。土煙。



背中に激痛。



ブロック塀に叩きつけられたのだ。



「あぐっ」

すごく痛かった。しかし全く怪我をしない。それがなんだか嫌だった。

「そこでじっとしていて」

クモシダバーが、白い煙のようなものをびゅっと吐いた。



糸だ。



それは素早くこちらに飛んでくると、巻きつき、おれの体をブロック塀に貼り付けた。



動きを封じられた。



必死に力をこめて暴れたが、糸は何重にも分厚く巻かれていて、うまくちぎれない。



やばい。



「親父!逃げろ!」

おれは叫んだ。おれはもうダメっぽい。親父だけでも逃げてもらわないと。

すると、親父は、はっとしてこちらに駆け寄ってきた。



何やってんだ、このオッサンは!



「バカ、アホ、逃げろって!」

「おまえはどうなる?」

親父は、道に転がっていた棒を拾って、それで糸をはがそうとした。

「よくわかんねえけど、あのシダバーが狙ってるのは、親父なんだろ?やばいって、逃げないと!」

「うるせえっ!」親父は怒鳴った。「おれは父親だ」



おれは思わず口をつぐむ。







そのとき、クモシダバーが飛んできて、片手で親父の首を折った。





親父は無言で倒れた。





手に持っていた棒が、ころんと落ちる。





「任務完了」

クモシダバーは、そう言うと、こちらを向いた。

「・・・・・・・・・・・・」

おれは壊れた。

体から力が抜ける。

何も考えられない。

目の前の出来事を理解することを、頭が拒否している。

受け入れたくない。受け入れられない。

じんじんと、脳が痺れる。



「さて、おまえはどうしてやろうか?その体、その力、おまえ人間ではないね。でもシダバーでもない。ということは、我等シダバーの敵になる可能性もあるから殺そう」

クモシダバーが何か言っていたが、耳に入ってこなかった。





そして、おれは狂い始めた。





脳が焼ける脳が焼ける脳が焼ける脳が焼ける。



ふざけるなふざけるなふざけるなよなんでなんでなんでこんなことになるんだよふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな。



怒りが頭をうずまく。

すると、頭の中が猛烈にかゆくなってきた。



かゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆい。



まるで脳味噌にブツブツとたくさんの赤い湿疹ができてヒリヒリしているみたいだ。頭蓋骨に指を突っ込んで、脳味噌の表面をガシガシとかきむしりたい。



クモシダバーが向かってくる。

「 」

何か言っている。

よく聞こえない。

それよりもかゆい。かゆくてたまらない。苦しい。なんでこんなにかゆいんだ?



クモシダバーが、目の前に立った。

こいつか?そうだ。こいつだ。

こいつだこいつだこいつだこいつだこいつだこいつだこいつだこいつだ。

こいつのせいでかゆいんだ。

こいつのせいで苦しいんだ。

体が、熱くなってきた。

筋肉が、みきっと膨らむ。



「殺す」おれはつぶやいた。「おまえを殺す」



クモシダバーは、ガクンと首をかしげた。

「私の糸で、ぐるぐる巻きで動けないくせに、おまえは何を言ってい」



ブチィッ



おれは糸をひきちぎるとクモシダバーの頭をつかんで地面に叩きつけた。叩きつけた。叩きつけた。叩きつけた。アスファルト道路が割れた。破片が何度も飛び散り、ちらばる。

剥き出した土にめりこんだクモシダバーの頭を、思いきり踏みつけようとして、高く足をあげた。

するとクモシダバーは素早く飛び上がった。



クモシダバーの白い裸体が、高く宙を舞う。



逃がさねえ殺す逃がさねえ殺す逃がさねえ殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す、殺すっ!



あれを殺さないと、かゆみが、苦しみが止まらない。だから殺す。



ジャンプしようとして、かがみ、足に力をこめた。両脚のふくらはぎが、みきっと膨らんだ。



そのとき、頭上に突然、大きな円形の白い布があらわれた。それはおれに覆いかぶさるようにして落ちてきた。



すぐに分かった。



奴の糸だ。



クモシダバーが大量に糸を吐き、それを編んで一瞬で布を作り出したのだ。

白い布はおれにからみついた、粘液が染みていて、体にへばりつく。

「うがあああああああああああっ!!がああああああああっ!!ごあああああああああああああああああっ!!」

必死で暴れたが、はがすのに十秒近くかかってしまった。



クモシダバーの姿は消えていた。



どこからか、声が聞こえた。



「馬鹿な。あれだけ分厚く巻きつけた私の糸を、簡単に破るなんて。私の糸は、高層ビルを粉々に破壊できるほどの強度を持っているというのに。やはりおまえ、只者ではないな。キングシダバー様に報告せねば」



声が遠ざかってゆく。





完全に逃げられてしまったようだ。





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