二十一年後の日常
《二十一年後の日常》
カーステレオから、水木一郎のヒーローソングが大音量で流れていた。
昼、おれは豆腐配達用のワゴン車に乗って、ウキウキしながら駅に向かっていた。
あれから、二十一年がたち、おれ、深見勇一郎は二十七歳になった。
おれは、あの日の出来事を、ほとんど忘れてしまっていた。
地元の大学を卒業したあと、おれは実家の豆腐店の仕事を手伝っていた。朝早くに、卸し先のコンビニやスーパー、小学校の給食センターに、商品の豆腐を配達するのが、おれの役割だ。
早朝から働くのは最初はつらかったが、いまは早起きが気持ちいい。
午前中に仕事が終わるので、昼からは自由に過ごせるのが、この仕事のいいところだ。
午後一時半。
おれは、恋人の涼宮しずかと、駅で待ち合わせをしていた。
彼女、涼宮しずかとは、うちの豆腐の卸し先であるコンビニで出会った。レジに立つ彼女の姿を初めて目にした瞬間、おれは思わずこう思っていた。
あれ?なんで天使がコンビニで働いているんだ?
同い年の彼女は、とても可愛らしく、きれいな顔つきをしていた。
一目惚れした。
ジャストマイタイプだった。
胸がときめいた。
そして一年かけた猛アタックの末、おれは涼宮しずかと、いや、しずかちゃんと付き合うことになった。
「しずかちゃ〜〜んっ!」
駅に着くと、おれはワゴン車の窓から身をのりだして、駅前にちょこんと立つしずかちゃんに向かって大きく手を振った。
通行人がみんな、こちらを注目した。しずかちゃんは、顔を真っ赤にしながら、トコトコと小走りで駆け寄ってきた。
「もう、あんまり大きな声出さないでよおっ。恥ずかしいじゃないっ」
「だってかわいいんだも〜ん。ああ、そのチュニックもめっちゃくちゃかわいいよお」
おれは、腰をクネクネさせながら、かわいいかわいいとはしゃいだ。ガタイのいいおれがはしゃぐと、なんだか危ない臭いがする。しかし、恋人同士だ!問題ない!
「こういう恰好、好きかな?と思って」
しずかちゃんは、うつむきながら、照れ笑いをうかべてみせた。
「すげえ似合ってる!もう最高!」
おれは拳を握りしめて断言した。
「わあい、うれしいな、うれしいな」
シズカちゃんは、その場でくるくると踊ってみせた。
この通り、おれとしずかちゃんの仲はアツアツだった。
昔の牛丼屋のミソ汁くらいアツアツだった。
友人からは、「バカップルめ」「リア充死ね」「いや、本当にマジでおまえらウザい」「つーか、イタい」「たぶんいま読者は絶対ひいてる」などと罵られていたが、全くちっともぜんぜん気にならなかった。
何が嬉しいかって、おれとしずかちゃんは、ほとんど同じオタク趣味を持っているのだ。
好きなマンガは4コマと島本和彦。好きなガンダムはクロスボーン。好きな歌は、水木一郎をはじめとするアニソン、いやむしろ兄尊、というところまで同じなのだ。(ちなみにしずかちゃんの得意料理は「ひよりみランチ」。これは水嶋ヒロ主演の「仮面ライダーカブト」にて、ヒロインの日下部ひよりが作る創作料理だ。これがすごくうまい!)
これはもう、運命の恋人と呼ぶしかない!彼女と二人なら、無人島でも二十四時間熱く語り合える!
他にも、例えば数日前、こんなことがあった。
しずかちゃんが、
「たまにはわたしが運転するよー」
と鈴のような声で言って、おれのワゴン車の運転席に座った。そして、発車しようとしたのだが、彼女の足が短くて、アクセルに届かなかった。
「うーんっ、うーんっ」
とうなりながら、一所懸命に足をのばすしずかちゃんの姿を見て、おれは萌えた!激しく萌えた!
おれとしずかちゃんは、映画館へ行って、映画「ウルトラマン対キングギドラ」を見た。駄作だった。
そのあと、ファミレスで食事をした。
ハンバーグ洋食セットのスープをふーふーしながら、しずかちゃんがふと聞いた。
「ねえねえ、勇一郎君、今日のニュース見た?」
「いや、今日は見てないけど」
「北海道の方で、またシダバーが出たんだって」
「また?なんか最近多いな」
ここ五年くらい、シダバーと名乗る怪物の集団が、世界中の様々な場所に出没し、人々を襲うというニュースがずっと続いていた。
シダバー。
いつ、どこからやってきたのか分からない、得体の知れない謎の組織。
ボスの名前はキングシダバーというらしい。その姿は、まだ誰も目撃したことがないという。
そのキングシダバー率いるたくさんの怪物が、いま世界中のたくさんの人間を殺しているらしい。その目的は不明。正体も不明。
日本政府は、シダバーの襲撃に備え、シダバー対策本部という組織を設立し、ある特殊な兵器を開発中だという。
ニュースや新聞で何度も大きく報道されているのを見たが、おれはあまり興味が無かった。
「怖いよね。シダバーって。この町に出たらどうしよう?」
「それは無いだろ」
「なんで?」
「だって、こんな田舎町だぜ?そういう悪の組織みたいなのは東京みたいな都会に現れるって相場が決まってんだ」
「テレビの特撮じゃないんだから」
「大丈夫だって」
おれは危機感を持っていなかった。
昔からそうだった。アメリカのビルに飛行機が衝突したニュースを見ても、どこか別世界のことのように感じていた。
北朝鮮が日本人を拉致しているというニュースを知っても、心は痛んだが、自分とは関係ないと思っていた。
近所で傷害事件があったと地元の新聞で読んでも、なんとなく自分がそういう目にあうことはないだろうと確信していた。
根拠はないが、自分の人生はたぶん平和だろうという自信を持っていた。
そのあと、おれとしずかちゃんは、ゲーセン、アニメイト、などをまわり、夜になるまで、たっぷりと楽しく遊んだ。