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「やることがたくさんあって、申し訳ありません。あ、もし、何かわからないことがあったら、すぐに声をかけてくださいね! よろしくお願いします」
「はい、ご親切にありがとうございます。こちらこそお願いします」
簡単なあいさつを交わしたあと、図書館の司書さんの指導の下、さっそく仕事に取り掛かることにした。本日、任された仕事は、本の修理である。
本の修理用の特殊なテープを使って、ボロボロになった本の修繕を行うのだ。多くの人の間を何度も渡り歩くものだから、本の背が割れたり、表紙が取れてしまったり、ページが半分になってしまったりと、ひどいダメージを受けた書籍がたくさんあった。
会議室の机に何十冊と積まれた本を見て、さすがのわたしも、あ然と口を開けるしかなかった。
「わ、すごい。これ、全部直すのか……」
こんなにボロボロになるまで働いて、みんなに夢や冒険や知識を与えてくれたんだなあ。感嘆を込めて、そうつぶやいたのだけど。他人からは、そのように思われなかったらしい。
誰かの笑い声が、わたしの耳にまで届いた。
「え?」と思って振り向くと、わたしと同じく本の修理を行うスタッフのひとり、小見野さんが笑顔で立っていた。彼もまた契約社員として派遣され、半年以上この図書館で働いている。彼は背がすらりと高く、いわゆるイケメンであるため、女子の間で人気だった。メガネ男子は知的だし、図書館の仕事という点も彼に似合っていると思う。
「僕もがんばりますから、そう腐らずに精一杯やりましょう! 今日はよろしく」
小見野さんが歯を見せて笑ったため、わたしもつられて笑顔になってしまった。
「はい、そうですね! 今日は、ボランティアの方たちが来てくださっているみたいですし。きっと、なんとか全部やれますよね。修理しないといけない本は、まだまだありますから」
彼と話をしながら、会議室の出入り口に目をやった。二、三日前にホームページを通し募集をかけて集まって来たボランティアの人々が、入室しているところだった。年齢層はバラバラだ。団塊の世代のご夫婦らしき人もいれば、わたしと年齢の変わらない主婦の女性、そして大学生ぐらいの若い男の人までいる。
「本日はありがとうございます。よろしくお願いします」
彼らに向かって、わたしと小見野さんは頭を下げたのだけど。わたしの視界に、見慣れたスニーカーが飛び込んできたのだ。
えっ、まさか。この足は……?
思わず、ぎょっとしてしまった。顔を上げて様子をうかがったら、その靴を履いた人の正体は、やっぱりタケルだったのである。野球帽を目深にかぶり、顔は半分しか見えなかったが、間違いない。去年の誕生日にプレゼントしたシャツを着ているし。
どうして、こんなところに来たんだろう。というより、学校は? 授業はどうしたのよ!
思いが通じたのか、彼はわたしの視線に気づいたらしい。こちらを向いた。彼の口元が緩むのが見えたが、ほんの一瞬だけ。すぐに不機嫌そうな、ムッとした顔つきになったのが、わたしにはわかった。唇をへの字に曲げている。
やばい。もしかして、様子を見に来たの? わたしのことを心配して……。ひやりと体温が下がったような気がした。
もしかしたら、さっき見られたのかな。小見野さんとなごやかに談笑をしているところを。きっと見られたんだろうな。だって、怒っている感じだもの。
今日家に帰ったら、またケンカになるかもしれない。年下で、ヤキモチ屋で、心配性な男を彼氏に持つと、ほんと気苦労が絶えないや。けれども、それと同じくらい気持ちが高ぶっていた。タケルには悪いけど、もっと心配させたい。もっと、わたしを見つめて。もっと、愛して欲しい。
だから、うんと困らせなくちゃ。今日は作業をしながら、小見野さんと仲良くなることを目指そう。うん、決めた!
密かに決意を固めると、わたしはタケルを見つめ返した。他の人に気づかれないよう、そっと手をあげて振る。タケルもまた、ちょっと高く手をあげた。そして、イーッと歯を見せたら、彼が吹き出してしまったので。居合わせた人々がみな、怪訝そうな顔をした。
おわり