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歯の痛みがひどくなったのは、引っ越しの終わった、その日の晩のことだった。しみるような痛みが気になり、うたた寝から目覚めたのだ。
明日、診てもらわなくちゃ、と思っても、どこの歯医者がいいのかわからない。私はまだ、この町に慣れていないし、知人さえいないのだから、こういうとき困ってしまう。
とりあえず、この痛みをなんとかしなければ。
あ、そうだ。どこかに痛み止めがしまってあったような気がする……。
引っ越しの荷物の中から、救急箱代わりのレターケースを見つけだし、鎮痛剤の箱を取りだした。中身を見たら、一粒だけ残っている。今の私にとって、極楽から垂れてきた蜘蛛の糸と同じくらい、必要としているものだ。主人公に、「なんだ、それしきのことで」って、鼻で笑われるかもしれないけれど。
と、そこまで考えたとき、ハッと我に返った。
わたし、バカだな。現実と本の世界を同列扱いするなんて、すごく変。自分でも呆れちゃう。読書好きもここまできたら、いよいよ救いようがないよなあ。
台所へ行き、水道の蛇口をひねって、コップを水でいっぱいに満たした。
最後の頼みの綱を、口の中に投げ入れる。水と一緒に、ごくん、と一気に飲み込んだ。