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ピアノマン(後編)

作者: やぎっち

この話は実在するニュースを参考にしています。


ピアノマン - 沈黙する謎の天才ピアニスト 英

http://x51.org/x/05/05/1711.php

(前編から続く)


 ピアノマンが発見されてから程なくして、別の街の郊外で「謎のヴァイオリニスト」が見つかった。彼もまた言葉が分からなかった。彼が保護された家にたまたまヴァイオリンがあったため、彼がヴァイオリニストとして知られるのにさほど時間は掛からなかった。

 この謎のヴァイオリニストも地域で有名になり、大都市のタブロイド紙に取り上げられた。ピアノマンのニュースを知っていた市民たちは、誰もがその謎のヴァイオリニストとピアノマンとが類似していることに気が付いた。やがて、ある著名な雑誌の企画として、精神科医立ち会いの下で二人を面会させることになった。

 二人は互いに何も喋らなかったが、彼らにそれぞれ楽器を用意させると、二人はアイコンタクトを取り合ったのちに見事な演奏を披露してくれた。立会った人は誰一人知らない曲だったが、二人はどうやらその曲を共通して知っているようだった。この話はたちまち世界中のニュースとなった。

 ほどなくして、英国の別の田舎町で「謎のチェリスト」が現れた。さらにパーカッション、トランペット、フルート…とそれぞれ演奏できる身元不明者は英国全域で十数人にのぼったが、誰も言葉が分からなかった。そして最後に、音楽で有名なとある街で「謎のコンダクター(指揮者)」が見つかった。その頃にはニュースを知っている人たちはみな彼らを集めることを望むようになり、保護されたそれぞれの地域でも「全員が会えば何か手がかりが掴めるのではないか」という淡い期待があったため、彼ら身元不明者は様々な人の支援を受けながらピアノマンのいる小さな港町に集められた。一人、また一人と増えて互いに面会できても、誰も喋ったり、感情をあらわにしたりすることはなかった。まるで鹿の群れが迷子の鹿を見つけたときのように静かに視線だけで互いを認め合い、出迎えた。

 そして全員が集まったところで、彼らは楽器のチューニングを始めた。

 小さな港町には大勢の人が集まってきていた。謎の演奏家たちのニュースは英国だけでなく世界中から注目されており、そのせいで今までに見たことがないほどの数の人がその小さな町とその近隣に押し寄せていた。町は集まった人々とその演奏家たちのために郊外にある草原を用意した。青空のオーケストラ会場だった。

 そして、ほどなくチューニングが終わった。しばらくの静寂をおいて指揮者がタクトを振った。一曲目、続いて二曲目、三曲目…ぶっつけ本番とは思えないすばらしい演奏だった。四曲、五曲、六曲…演奏は日暮れまで続いた。すべてが終わった後、観客の拍手は止まることがなかった。この日彼らは「謎のオーケストラ」となった。


 実を言うと彼らは喋れないわけではなかった。謎の演奏家たちの間ではささやきあうような何かの言葉が飛び交っていた。しかし、どこの言葉かは誰にも分からなかった。さらに、演奏する曲はすべて誰も知らない曲だった。しかも、楽譜さえ誰一人として持っていなかった。

 謎を秘めたまま、彼らは「謎のオーケストラ」として各地で演奏した。どこに行っても大成功だった。その後何年かにわたって彼らは演奏を続けたが、ある日、ピアノマンが消息不明になった。ピアノを使う曲が演奏できなくなった。そうこうするうちにヴァイオリニストが消えた。さらにパーカッション、トランペット…と続々と消えていき、やがて全員がいなくなってしまった。

 最後まで残っていたコンダクターは行方不明になる直前に書き置きを残したが、言葉が分からず誰も読めなかった。

 かくして、謎のオーケストラは最後まで謎に包まれたまま、消えてしまったのだった。

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