はじまりの夢(4) ~小町~
秋が深まる頃、クラス中、いや学年中が浮かれ出した。
わが高校には、一年生の秋に山村合宿を行う伝統がある。山の青年の家に泊まって寝食を共にし、お互いの交流を深めようという目的らしいが。しかしレクリエーションが主なわけではない。スケジュールの中にはかなり本格的な登山も予定されているのだ。
女子たちは、合宿の日に『誰に告白するか』などという話題で大いに盛り上っている。たいていは、すでにお目当ての相手も決まっているのだそうだ。
あの出来事があってから、私は由隆に妙な興味を持っていた。どういう人なのか未だつかめないという点から、ほとんど好奇心で気になっているのかもしれない。しかし彼などは、そういった対象からはあからさまに論外で、私も友人にそんなことを言うのはためらわれた。
そんなことよりも、私には深刻な悩みがふたつあるのだ。
ひとつは足の具合だ。あの朝連で捻挫したときから足がうまく動かせない。普通に歩いている分にはいいが、登山などとても付いていける気がしなかった。しかし、ひとり宿舎で待っているのはもっと苦痛なので、このことは先生には黙っていた。
そしてもうひとつ。例のあの悪夢を見て皆の前でうなされたら、こんなに恥ずかしいことはない。実際、何度か母から『夜中に変なことを言っていたわよ』と言われた事もあって、もうそのことが気がかりで仕方ないのだ。
だれそれとグループになるだの、だれそれとペアを組むだの、そんなことで浮かれている友達がうらめしくさえ思える。
私の心配は解決することなく時は過ぎ、合宿の日は予定通りにやってきた。
バスに揺られて数時間……荷物を手早く下ろすと、早速『登山』が待っていた。
軽い車酔いと例の足の捻挫で、コンディションは最悪だ。しかしバスケ部としての意地もあり、私も部活の仲間の早いペースに頑張って付いていくことにした。
山は足場が悪く、これでもかこれでもかと足に試練を加えてくる。苔むした地面で滑って倒れそうになると、心臓のほうが張り裂けそうだ。はじめは調子に乗って勢いよく登っていたのだが、山はそれほど甘くはなかった。
まだまだ頂上には程遠い。中ほどからかなりペースが落ちてしまい、とうとう仲間の背中が遙か遠くに見えるようになっていた。
由隆は、はじめからひとりでどんじりを歩いていた。ときどき立ち止まって辺りを見渡し、また歩く。ちらっと後ろを振り向くと、遠くのほうにそんな呑気な彼の姿が見えた。
私が痛みをこらえて必死で登っているのとは対照的に、由隆はあくまでマイペースだ。しかしその私も、ひとりまたひとりと追い越され、いつの間にか彼のすぐ前を歩いていたのだった。
(宮 由隆に追い越されたら、情けない!)
それまで遅れても仕方ないと割り切っていた私の中に、突然、妙な対抗意識が芽生えてきた。意地っ張りの性格がこんなところで災いした。
私は痛みを吹っ切るように、足先にグッと必要以上の力を入れて歯を食いしばって登りはじめた。
しかし「火事場の馬鹿力」がそんなに長く続くはずはない。
登山道にかろうじて突き出ている小さな岩を、力任せにグイッと踏みしめたその時だった。
私の踏んだ岩がぐらつき、踏みとどまろうと咄嗟についた悪い方の左足に激痛が走った。足の力が抜けると同時に、私の体はフワッと宙を舞い、まっさかさまに脇の沢へと転がり落ちていった。
自分がどういう状態になっているのか、全くわからなかった。ただ、落ちていく私の後を追うかのように、由隆らしき男子が私のほうへ手を伸ばして落ちて来た……ような気がした。
その姿が目に入ったと思うや否や、私の意識はぷっつりと途切れてしまったのだ。