はじまりの夢(3) ~小町~
私が最初に受けた印象と同じく、初めのうちは、その整った容姿に学校中の女子の話題になった宮 由隆だが、無口で無表情で、あまり人との関わりを持たない彼に、段々と誰も関心を示さなくなっていった。
それでもなお由隆は友達と打ち解けないどころか、話しかけられても「ああ」「そう」と無愛想な返事しかしないので、クラス内でも話しかける人はあまりいなくなってしまった。そのうえ奇異な目で見られるようになり、根拠のない悪い噂までが暴走し始めた。
由隆を見るとサッと身を隠して陰でヒソヒソと噂話を始める。そんな稚拙な嫌がらせをする生徒もいた。
(身から出た錆よ……)
その頃は私も彼に対して厳しい眼差しを向けていたひとりだった。
そんなある日、私の由隆に対する印象をガラッと変える事件が起こった。
それは掃除の時間だった。私はひとりで学校の裏手にあるゴミ捨て場にゴミを置きに行った。
すると小屋の向こうのあまり人目につかないところで、由隆が五人の上級生のグループに囲まれていた。その五人は、学校の中でも特に問題視されているグループなのだ。おそらく何の根拠もない言いがかりをつけているのだろう。
「大変。早く誰か呼んでこなくちゃ……」
思いながらも臆病風にふかれた私はうまく足が動かず、あたふたと物陰に隠れるのがやっとだった。
早速因縁をつけながら上級生の一人が殴りかかっていった。その後次々と残りの仲間が覆いかぶさり、由隆の姿は見えなくなってしまった。私は思わず顔を覆っていた。
ガシッ!ボコッ!
鈍い音がしばらく続き、私は心臓の止まる思いでその音を聞いていたが、しばらくすると何も聞こえなくなった。
音が止んでいくらか経ったあと、そろそろと手を下ろすと、なんと由隆の前で五人の方がうめき声をあげて倒れていた。ことが飲み込めず呆然としている私の前で、たまたま通りかかった女性教師が事件に気付き、叫び声をあげた。すぐさま数人の教師がかけつけてきて、由隆もろとも六人は職員室に引っ張って行かれてしまった。
職員室に引かれていく途中、由隆が私に気づいてじっとこちらを見つめた。私は視線を逸らし、慌ててその場を逃げ出した。
―― 宮 由隆って、一体何者? ――
それから何日か経った朝のこと、突然、由隆が声をかけてきた。
「花岡さん……」
びっくりした私はその拍子に思わず椅子を倒してしまった。あの事件を見てしまってから、由隆に対する警戒心は並のものではなかった。
「な、なあに?」
声が裏返っている。自分の声の可笑しさに、今度は顔が真っ赤になるのが自分でもわかった。その様子を見て、由隆は意外にもクスッと笑った。私は拍子抜けした。
(宮 由隆が笑うなんて、初めて見た!)
「別に何にもしないって。花岡さんが先生に、俺が無実だってこと証言してくれたんだってね。お蔭で停学にならずに済んだよ。ありがとう」
由隆が丁寧に頭を下げた。
「いえ……。それは良かったですね……」
まだ声が裏返っている上に、馬鹿丁寧な言葉まで出てきた。もうそれ以上、言葉を交わすことができないほど緊張する私を見て、彼はまたクックッと笑った。私は引きつり笑いで返すしかなかった。けれど内心、このときの彼の笑顔はとても素敵に思えたのだった。
(悪いやつではないかもしれないな……)