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再会(2)



 インティ・ライミが終わって、ようやくカパックに休息が与えられた。

 二年ぶりにミカイに会える。やっとその時間ができたというのに、カパックは迷っていた。

 祭りで見かけたミカイの姿がよそよそしく感じられて、彼女に会いに行くのがためらわれたのだ。


「彼女は私の事など忘れてしまったのではないか」


 そんなある日、カパックの部屋にクッチがやってきた。彼はその後、調査官としてクスコ近郊のアイユを回り、作物の出来などを調査する仕事についているのだ。

 身軽なクッチは、宮殿の外側の壁をよじ登り、人の背の二倍ほどの高さにあるカパックの部屋の高窓まで上ってきたのだ。


「カパックさま!」


 突然、高窓から顔を覗かせたクッチに、カパックは驚いて退いた。


「クッチか!いったいそんなところで何をやっているのだ」


 ひょいっと窓を飛び越え、部屋に入ってくると、


「お届け物です!」


 と、カパックの鼻先に何かをバサッと突き出した。

 カパックはそれにまた驚いた。それはチャスカの花束だった。


「どうして、これを?」


「どうしてって。もちろん、彼女から預かってきたんですよ」


「なぜ、お前が?」


「いや、何。緋の谷のアイユの調査に行きましてね。私の顔を覚えていた彼女から声をかけてきたんですわ。

 彼女は早速、見習い金細工師のユタにクスコで会ったかと聞いてきましたんで、会ったと答えたんですよ。何でも、修行に出たと聞かされているって話でしたね。

 そしたらこの花束を持ってきて、クスコで彼に会ったら渡してくれって言うんですよ。

 私は大事な仕事の途中だというのに、一方的に押し付けられてきたというわけで……。

 まったく大した娘ですよ!花束を渡すときには、ちゃんと『待っている』と伝えてくれって念を押されました」


 クッチはニヤニヤしながら、ちょっと肩をすくめて見せた。


「彼女は覚えてくれていたのか」


「もちろんですよ。早く会いに行ってやってください。

 この次の調査でまた捕まるのはご免ですからね」


 クッチのはからいでようやく決心のついたカパックは、緋の谷のアイユへと急いだ。

 あのときのように立ち木に青銅のピンを刺し平原を下ろうとした。するとすぐにミカイの声が後ろから追いかけてきた。


「ユターっ!」


 ミカイは立ち木から勢いよく走ってきて、パッとカパックに抱きつき力を込めた。無邪気な仕草は何も変わっていない。しかし腕の中に受け止めた彼女の身体は、細くしなやかになっているのが分かった。


「逢いたかった! 帰ってきていたのに何故逢いにきてくれなかったの?」


 ミカイは早速問い詰める。カパックは一瞬黙り込み、ようやく口を開くと、しどろもどろになって答えた。


「それは……。太陽の祭り(インティ・ライミ)で君を見かけて、随分変わってしまったことに驚いたんだ。だから私のことなど覚えていないだろうと……。

 いや、それだけではなく、仕事の方も忙しかったし……」


 それ以上言い訳が見つからず、黙り込んで目をそむけた。

 そんなカパックの姿を見て、ミカイは以前と全く変わらず無邪気に笑った。


「そういうユタこそ随分変わったと思うわ。もう大人みたい!」


「私はもう十九だ。立派な大人だよ」


「嫌ね。そんなにムキになるところは子どもみたいだ」


 カパックはもう立場がなかった。

 ミカイはおかしくて仕方がないという感じで、お腹を抱えて笑い転げた。カパックも逆にミカイの笑い方がおかしくてつられて噴き出した。以前と変わらない二人のやりとりで、カパックの気持ちはほぐれてきた。


「……君は、すごいじゃないか。

 太陽の祭り(インティ・ライミ)では人々の注目を一心に集めていた。クスコの人びとは、君のことを『美しいチャスカの娘』と言って絶賛していたよ」


「そうかしら。単にきれいなお花を献上するのが珍しいんでしょ?」


「そうじゃないよ。君自身が美しいから……」


 カパックは自分で言いかけて、顔を真っ赤にして口ごもった。


「ぷっ」


 ミカイはまた吹き出した。


「変なユタね。南へ行って何かあったのかしら?

 私はずっとずっと変わらずにユタの帰りを待っていたのよ。またこうして逢えたなんて、夢のようだわ。

 そうだわ。うちに来てくれないかしら」


「突然行って、いいのかな?」


「もちろん。ユタならいつでも大歓迎よ。

 緋の谷の様子も見せたいの。ユタの留守の間にとても変わったのよ。あの時のユタの働きがどんな風になったのか、是非見てほしいわ」


 ミカイにグイグイと手を引っ張られて、カパックは、緋の谷のアイユへと入って行った。

 入り口から、アイユ全体が見下ろせる場所に立ったとき、カパックは驚きの声を上げた。

草もまばらにしか生えていなかった広大な荒地には、今では見事に手入れされた畑が何重にも弧を描くように果てまで伸びている。ところどころに生える緑豊かな木々が、水路や溜め池に木陰を落としている。

 乾季の終わりは作物の植え付けの時期であり、アイユの男性が列をなして畑を耕し、女性がそれを追いかけるように種を蒔いている。

 ひと季節前に収穫されたじゃがいもやトウモロコシや豆は、家々の前に山盛りになって置かれている。

年老いた人や子どもたちが、干し芋を作るためにじゃがいもを踏み、若い娘たちはおしゃべりに花を咲かせながら、糸を紡いだり、機を織ったりしている。

 はるか向こうの丘は放牧場で、たくさんのリャマの群れがのんびりと草を食んでいる。


「すごいでしょ。ユタたちの開墾のお陰だわ。

 その後もユタたちの努力を無駄にしないようにって、村人皆で頑張ったのよ。その努力が実って、今年の作物の出来はこのアイユが一番だって調査官が言ってたの。

 ……ユタ?」


 黙ったままのカパックをミカイが振り返ると、その目に涙が耀いていた。


「すごいな。大地の力は……」


「……そうね。働きに見合うだけの喜びをくれるわ」


 ミカイも思わずつられて目頭を押さえ、ユタに寄り添った。

 二人は丘の上に並んで、しばらく緋の谷の風景を眺めていた。





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