裁判(1)
チャンカの裁判が行われたのは、カパックが緋の谷のアイユから戻ってすぐだった。
あの過酷な労働の後にもかかわらず、カパックが、羽冠を頭に戴き、重い金属の飾りを体中に纏ったいつもの正装で、颯爽と神殿に赴く様を目にして、ハトゥンとクッチはうなった。
「カパックさまの体のどこに、あんな体力があるのだ?」
皇帝とその側近、神官が参列して、太陽の神殿で裁判が始まった。
アリン・ウマヨックも証人として呼ばれていた。
チャンカ側からは、アンコワリョだけが連れてこられた。
裁判官も兼ねる神官はアリン・ウマヨックに質問する。
「お前が同行したさい、チャンカの指導者キータは、チャンカの一族が皇帝の指示に従い、スーユの一部となって労働を提供することを約束したというが、それは本当か?」
「はい、確かでございます」
「首領アンコワリョが自ら降伏し、スーユに従うことを約束したというが、本当か?」
「はい、それも確かにこの耳で聞いておりました」
「例の被害にあった緋の谷のアイユの長は、すべて皇帝に判断を委ねると言ったのだな」
「はい。皇帝のご温情で、緋の谷のアイユはもう立派に再生いたしました。これ以上、過去の罪を追及する必要はございません」
次に裁判官はアンコワリョに直接質問した。
「チャンカの守護神は雷神イリャパというが、その信仰を捨て太陽神インカを信仰することを誓うか?」
アリン・ウマヨックが訳すのを聞くと、アンコワリョは大きく頷いてはっきりと答えた。
『はい。その覚悟です』
カパックは手に汗を握り、そのやりとりを見守っていた。
皇帝はじっと目を閉じ、難しい顔をしている。ひととおりの質疑応答を終えると、神官が皇帝の玉座に近づいて意見を伺った。
「カパック・ユパンキ!」
突然、皇帝自身がカパックを呼びつけた。
「お前は、この者を、そしてチャンカの部族を信じており、向こうもお前に従うことを誓ったのだな?」
「はい、その通りでございます。皇帝陛下」
「ならば、お前自身がチャンカの部族を率いて、南の土地へ連れてゆけ。
お前が無事に戻ってきたら、チャンカがスーユの一部になったと信じることにしよう」
裁判官は驚いて皇帝を見た。
「陛下! それではまるで、カパック・ユパンキ様が人質となるようなものでは?」
「では、ほかの遣いを遣って、チャンカが反乱を起こしたら、どう責任を取るというのか。
カパック・ユパンキがチャンカと契約したことだ。本人が責任を取るべきなのだ」
「しかし……」
裁判官の次の言葉を待たずに、皇帝は言った。
「私の考えが決まった。伝えよ」
裁判官は皇帝のすぐ傍らに跪き、裁きの詳細を聞くと、広間に集まる者たちに伝えた。
「チャンカの捕虜たちは、神殿で太陽神に誓いを立てたあと、妻や子供のいるものを除き、クスコ郊外の鉱山で労働に従事すること。
妻や子供を持つものと高齢者は、カパック・ユパンキ将軍とともに集落へ帰り、南を目指すこと。
最南端のコリャ地方の神殿でふたたび太陽神に誓いをたて、コリャ・スーユの一員として、耕作に従事すること」
神殿に集まる者たちは、皆複雑な面持ちでこの判決を聞いていた。
「皇帝は、カパック・ユパンキ様のお命を実験台にするおつもりじゃ」
「もしチャンカが裏をかいたら、カパック様自ら責任を取れと……」
「実の弟君だというのに、なんと無慈悲な……」
「カパック様の強い希望でもあったのだ。仕方ないのではないか」
そんな囁きがそこかしこで聞かれた。
しかしこの判決はカパックには大変嬉しい結果だった。席を立とうとする皇帝にカパックは大声で言った。
「皇帝! 寛大なご沙汰! ありがとうございます」
皇帝は驚いてカパックの方を見たが、すぐに複雑な面持ちになって目を伏せると素早く神殿を後にした。
裁判の後、アンコワリョはカパックの前に跪いて深く頭を垂れた。
『ありがとうございます! 私とチャンカの者たちは、いずれ必ずあなたのお役に立つことでしょう』
こうして、家族を持たないアンコワリョと若い戦士たちは、クスコの神殿で太陽神に誓いを立てた後、郊外の鉱山で働いて暮らす事となったのだ。
宮殿の者たちがなんと噂しようと、カパックは南へ向かうことに希望を抱いていた。
「太陽神よ。あなたの仰せのままにいたしました。どうぞ私たちをお守りください」