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開拓(1)

一部に『ミイラ』の描写が出てきます。

苦手な方は避けてください。


あとがきに、ここまでの登場人物と用語の一覧を載せました。





 アンコワリョを先頭に、百人近くのチャンカ人を引き連れてクスコに凱旋したカパックたちを、クスコの市民が大歓声で迎えた。


「どうだ! 俺たちを変わり者などと言って冷たく見送った奴らの、あの驚いた顔!」


 ハトゥンがはっはっはーと高笑いした。

 他の仲間も皆、誇らしい顔で大通りを歩き、宮殿へと入って行った。


 宮殿の広間では、玉座に坐った皇帝が顔の前に垂らした朱色の房ごしに、跪くカパックたちを見つめている。

 皇帝は、傍にはべる側近の口を借りて、彼らに労いの言葉を掛けた。


「たった七人でよくぞこのような大軍を捕らえてきた。

 カパック将軍に同行した者たちにふさわしい階級を与えよう」


 アリン・ウマヨックら六人の兵士は、満足げに胸に腕を当てて、さらに深く頭を下げた。


「そしてカパック・ユパンキ将軍の知恵と勇気には感心した。今後正式に、ワイナ将軍と並ぶ二大将軍として、クスコの軍隊の総指揮を取るように。そして未開の地への遠征に、尚一層力を注ぐよう」


 玉座のすぐ脇には、あのワイナという威厳ある貴族が立っていて、カパックの方を見て深く頷いた。


 この国では将軍は二人立つ。

 ワイナは長年、軍の総指揮官としてパチャクティ皇帝の遠征を支えてきた人物だった。

 皇帝が自ら遠征に出ることが無くなり、もうひとりの将軍が遠征先で負傷しその座を退いてからは、主にワイナが軍の総指揮を執り、スーユの統治下で起こる部族の反乱などを制してきた。

 カパックとともに部族の争いを治めに行ったことも何度かあった。

 武術の師でもあり、スーユの数々の局面に接して第一線で活躍してきたワイナは、カパックにとって憧れの人物であった。

 そのワイナと並ぶ役職に付くのである。これ以上名誉なことはないのだが。


「皇帝陛下。たいへん光栄です」


 カパックはさらに深く頭を垂れ敬意を払ったものの、床を見つめるその顔は、どこか不安気だ。それは次に続く皇帝の言葉が予想できたからだ。


「では、捕らえたチャンカの戦士は全員死刑に処す。残った集落には火を放ち全滅させるよう」


 チャンカに深い因縁を持つパチャクティ皇帝が、チャンカに恩赦を与える事は先ず考えられなかったのだ。

 皇帝の言葉を聞いて、カパックはさっと顔を上げると、ひざ立ちで一歩進み出た。


「皇帝陛下!

 お気持ちは分かりますが、それでは私は何のために危険を承知で軍を連れて行かなかったのでしょうか?

 首領アンコワリョをはじめとするチャンカの戦士たちは、私の意を汲み、素直に従ってくれました。集落の指導者キータも、スーユの支配下で自分たちの集落を作ることを承諾してくれました。彼らは過去の因縁を絶って、新たな生活を送りたいと考えているのです。どうか私に免じて寛大なご沙汰を!」


「カパック!」


 皇帝は思わず玉座から立ち上がり、自分に向かって意見する恐れ知らずな弟を直に怒鳴りつけた。


「わしの決定を覆そうというのか?」


 皇帝の決定に逆らうことなど前代未聞の話だ。皇帝の意に反するものは処罰されてもおかしくはない。

 カパックは鋭い眼差しで瞬きもせずに皇帝を見つめていた。その表情からは、処罰など怖れないという気迫がひしひしと伝わってきた。

 皇帝のほうも鋭い目でしばらくカパックを睨みつけていたが、やがてその気迫に負け、崩れるように玉座に身をうずめると、深く溜め息をつきながら諭した。


「カパック・ユパンキ。

 お前はまだ若く、何も分かってはいない。部族間の軋轢はそんな甘い物ではないのだ。わが領土を脅かした部族に厳しい措置を執らなければ、秩序が乱れ、反乱の種を蒔くことになる。甘い判断が一国を滅ぼすことにもなるのだぞ……」


 皇帝は続いて何か言おうと口を開いたが、相変わらずこれだけは譲れないという表情を向けているカパックに何を言っても無駄だと悟り、口を閉ざした。そして今度は自身を納得させるように小さく呟いた。


「……しかし、お前も命がけで今回のことに臨んだのだ。それを全く汲んでやらないわけにもいくまいな。

 少し考える時間が必要だ」


 そして再び側近に言葉を伝えると、すぐに立ち上がって広間から出て行ってしまった。


「チャンカ人は牢に入れ、再び裁判を行う日を待たせるように」


 側近は広間に集う者たちに大声で命を伝えると、慌てて皇帝を追いかけた。

 回廊を早足で歩きながら、皇帝は思わず側近にもらした。


「あいつの真っ直ぐな心が、私には不安の種なのだ……」



 宮殿を後にしたカパックは、アリン・ウマヨックらを連れると、裁きの内容を伝えられ牢へと向かう途中であったアンコワリョを引き止め、頭を下げた。


「私の言葉を信じて付いてきてくれたお前たちに申し訳ない。

 妻や子のいる者は集落へ返し、残りの者は労働者として働けるよう希望するつもりだったのだが、集落の者たちを救うのが精一杯かもしれん」


 しかし、アンコワリョはカパックに微笑みかけると、その逞しい胸板を拳で思いっきり叩いてみせた。


『カパック・ユパンキ殿!

 実は随分前に、キータがあなたのことを占っていたのですよ。やがてチャンカを救う者がやって来るだろうと。その者に従うことが唯一、我々に残された道だと。

 私はカパック殿と勝負したとき、それをはっきりと確信しました。チャンカの戦士たちは皆納得しております。われわれにどんな処罰が下ろうとそれは運命。しかし、もしもここで生き延びることが許されたとしたら、私は生涯カパック殿に従うことを約束いたしますぞ』


 カパックは驚いてアンコワリョを見つめた。彼がチャンカ人たちに同意を求めると、他のチャンカ人たちも皆、穏やかに笑みを浮かべて頷いた。

 チャンカ人たちが連れていかれたあと、アリン・ウマヨックら六人がカパックを取り囲み跪いた。


「チャンカ人に先を越されてしまいましたな!」


「我々六人、この場にて生涯カパックさまに従うことをお約束いたします」


 カパックは慌てて跪く六人の前にしゃがみこんだ。


「立ってくれ、皆。それは違うぞ。そなたたちは皇帝(インカ)に従うのだ。誤解してもらっては困る」


 アリン・ウマヨックが言った。


「もちろんです。

 しかし実際には、カパック様の片腕となって活躍できるように、我々はどこへでも付いていきますぞ」


 このとき六人の戦士たちは、カパックと運命をともにすることを誓い合った。




(登場人物)


●カパック・ユパンキ(ユタ)

タワンティン・スーユ帝国(インカ帝国)の皇帝の弟。

十六歳で成人し皇帝の片腕として働く。若いが並外れた武術の腕前と統率力を持つ。のちに将軍となりスーユの軍を率いて遠征に出る。

幼名はユタ。ミカイにはユタという名の職人と名乗っている。


●ミカイ

緋の谷に住む農民の娘。明るく活発な少女。

首都クスコに花を売りに来てユタと出会い、ユタに想いを寄せる。

織物が得意で、薬草に詳しい。


●パチャクティ皇帝

タワンティン・スーユ帝国の皇帝。カパックの腹違いの兄にあたる。

絶対的な権力を持ち、逆らう者を容赦しない冷酷さもある。


●ワイナ将軍

古くからパチャクティ皇帝の片腕として数々の戦いを経験してきた勇敢な戦士。

カパックとともに二大将軍として軍を率いる。


●アリン・ウマヨック

軍の参謀として活躍する老貴族。

様々な部族の言葉が分かり、通訳として活躍する。


●スンクハ

常に冷静な判断力を持つ。

武器のひとつ、星型の石をつけた棍棒マカナの達人。


●クッチ

柔軟な体と敏捷性を持つ、陽気な小男。



●ハトゥン

とがった頭をした、力自慢の大男。



●ワラッカ

小柄だが頑丈な体をもつ、無口な男。石加工の技術に優れ、土木工事などを指揮する。

武器のひとつ、投石器の達人。


●アティパイ

長い手足をもつ長身の男。

長槍の達人。


(チャンカ族)

●アンコワリョ

チャンカ一族の長。せむしの大男。

カパックに忠誠を誓う。


●キータ

チャンカ一族を率いる呪術師。

予知能力があり、カパックの運命を最初に会ったときから見抜いていた。


(緋の谷)

●大祖母さま

ミカイのアイユを見守る老婆のミイラ。人の頭の中にメッセージを伝えて会話する。人の未来を見抜くことができる。


(用語)

●スーユ=タワンティン・スーユ(インカ帝国)


●クスコ=スーユの首都、または、スーユを作った一族


●アイユ=村


●インカ=皇帝、皇族、太陽神


●リャマ=アンデス地方に生息するラクダ科の動物。

     荷物を運ばせたり、その肉を食べたりするために飼育している。



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