不本意ながらの現状確認
内容が薄い希ガス…
あまり気にしないことにした。
7
「よし、警察に届けを出して来るよ」
「ああ、頼んだ」
キールは頷いてワゴン車のエンジンをかけた。車体が軽く震えて低いエンジン音が暗い通りに響く。
キールは茶髪をさっぱりとさせた髪型に意思の弱そうな瞳、普通の顔立ちを兼ね備えた普通のIT会社の社員だ。特筆すべきところと言えば、特に無い。実に一般人だ。パソコンに明るいので、SOWメンバーの位置や他警備隊への連絡、緊急依頼の受付をしてくれてる。
ワゴン車の中のパソコンやそこから伸びるケーブルでテレビ局の中継車並みに煩雑さを極めた床に、ワイヤーで手足と口を拘束された“白犬”が机に固定されている。唸りも騒ぎもせずに、充血した瞳を眩し気に瞑って。
「ルアーを拾ってくよ。さっき転んで怪我したって」
「事故か? バイク乗ってて死んだなんて洒落にもならない」
『いいから助けに来て! ぐずぐずしてる内に私がやられちゃっても良いのかー!?』
後ろポケットに入れた無線機から聞こえたルアーの声に苦笑してキールは車を発進させた。軽く手を振ってそれを見送ってインカムに口を寄せる。
「聞こえたかマキシム? ルアーとキールは一時離脱だ。現在の時刻は九時二十七分、終了までは三時間と三十二分四十秒。二人と一人と補佐一人で業務を続ける。いいな?」
『アイ、サーだ黒兎。あの変態がいないだけマシってんだ、心配にゃ及ばないぜ』
ルーキーは俺の横で居心地悪そうに身動ぎすると、心配そうに此方を窺いながら自転車に乗った。
「あの、…………さっきは助けてくれてありがとう」
「お互い様だ、って普段なら言うんだが、お前は今日が初陣だからどういたしましてだ。次は突っ立ってないで動けよ。SOWでは基本独りなんだからな」
傷付いた獣のように体を揺らすルーキーを見て溜め息を吐く。もうちょっと現場に慣れる必要があるな。
俺とルーキーは自転車に乗って商店街を抜けた。逆側の入り口にさしかかった時、血塗れの地面が見えた。死体は無い。キールが回収したのだろう。
その後は特に何事も無く時間が過ぎた。奴らにも会わない、緊急の依頼も来ない、何事も無さ過ぎる時間が過ぎた。俺は無暗に自転車を走らせながら、警備員なら誰でもやる無駄な言い合い『ナイトウォーカーとは何なのか』を三人でしていた。ルーキーは全く口を出さず、落ち込んだように、何か考えているように黙ったまま唯後ろを一定の距離を置いて付いてくるだけだったが。
『あいつらはルアーの言う通りの映画に出てくるゾンビとかじゃねえ、だろ? 知識なんて無いに等しいがちゃんと獲物を区別して襲う。死体は動かないしな』
「お前は超自然論者だったろう? ゾンビじゃないなら何なんだ?」
『吸血鬼。ナイトウォーカーとは元々ヴァンパイアの事を指すんだよ。誰かが半端に血を吸われて、そいつが不完全な仲間を増やしてるんだ』
「怪しさ全開な論理だな。吸血鬼なんているのか分からないのによく言える」
『キールは、|似非科学《》信者だったか。体内の色素を全て排出して透明人間になるとか、脳波を弄って衛星テレビ見れるようにするとか、シナプスの使う電気信号を使って電撃遣いを作るとか、そんな奴だったよな。あっちの方が俺的には怪しいぞ』
『君の言うオカルトだって似たようなものじゃないか! それに、科学は絶対だ。僕はそう信じてる』
「キール、ルアーはどうした?」
『病院だよ、治療費は自分で払って帰って来るだろうよ』
『死体に報酬は付いたか? 生け捕りもしたんだろう?』
『結構な額だった。人間じゃなくて犬がナイトウォーカーになって彷徨いているのが余程珍しいらしい。ラビが生け捕りしたを見せたら凄い慌ててた』
「俺も見たのは初めてだったが、あれは何か変だ。良く訓練された動きで、遠くから笛の音が聞こえてた。誰かが操ってる」
『ちょっと待って。ラビは“白犬”の一連の事件を起こした人間がいるって言いたいの? ナイトウォーカーなんて操れないでしょ? 知能が無いんだから』
『知能はあるだろ、無いのは知識だ。もしくは逆だな』
『知識があっても知能が無ければ何にもならないよ』
『あいつ等は、たしか耳は聞こえる。目はそうでも無いから大体しか見えねえ。んでもって笛の音が聞こえたってこたぁ、やっぱ黒幕がいんだろ』
『いないと思うけどぅ』
『うるせぇ。ラビはどう思うよ? あいつ等はどこから来たんだと思う?』
「病気だろ、あれは。若しくは突然変異。新生物でもいいし、宇宙人でもいい。ウイルスの所為かも知れないし、地球の意思が人類を滅ぼそうとしてるって説も捨てがたい」
『要するに何でもいいんだな』
「まあな、奴らの発生理由なんてどうでもいい。学者にでも任せておけよ、俺達は兵士なんだから。奴らが人間だろうとそれ以外だろうと、手を振るうのに躊躇いはいらないだろ」
『カッコいいけど、間違ってるね』
『間違っちゃあいるがカッコいいな』
「カッコ悪いし間違ってるし、言えた義理でもない。おだてるな」
キールが戦線復帰してから数十分後、隣地区近くの寂れた駅に騒いでいる影が幾つも合った。夜間灯の眩しい明かりに顔をしかめて近付いてみると、どうやら警備隊所属の七人程が休憩しているようだ。
何人かは傷の手当てをしているらしく、辺りには血と薬品と湿布の臭いが広がっている。足下に置いた青色のベストには白と黒の糸で“Tower Of Babel”と書かれている。俺は彼らに片手を振って近付きながら、自転車から降りて両手で押してるルーキーに言った。
「他の警備隊の連中だ。奴らだと思われると攻撃してくる可能性があるからふらふらしたりはするな。向こうも休憩中だから少し話を聞くのもいいかもな」
「えっとラビ君、警備隊って日中に活動するんじゃないの?」
「基本業務は護衛や緊急時の救助だからな。一応夜のパトロールもやってるんだが、あいつらはどうにも夜間での戦いが苦手てで、いつも危険地区測定しかしてないらしい」
多人数隊の一番気を付けなければいけない事は同士討ちである。だが、軍や警官じゃない民間兵にそこまでのスペックを求めるのは酷というものだろう。よって安全な日中でなく危険な夜に仕事する際には少数精鋭か多人数押しかしかない。故に七人という半端な人数では、下手をすれば全滅は免れない。
「よお、兎。元気してるか?」
仲間の傷の具合を見ていた一人が手を挙げた。塔の知り合い、安西だ。ボサボサの短髪を無造作にヘルメットに押し込んで俺と同じドックタグを首から下げている。妻帯者、四十歳くらい、現役。
「そっちこそ、今にも死にそうな顔してるぞ。大丈夫か、先生?」
「んだよ、まだ俺の事先生とか呼んでるのか。当時の奴ら全員だろ? 止めてくれよ、もう半年も経ってんだ」
ドックタグは自衛隊が名誉市民に与えた証、半年前の地獄の騒ぎを鎮圧する為に全力で手伝った勇気ある市民に渡された地獄を生き抜いた証。安西は当時動いていた戦友の中では最年長だ。面倒臭がりだが指導力はピカイチで仲間からは“先生”と慕われている。事実彼は教員免許も持っているらしい。
手当てを受けている男の一人が悲痛な叫びをあげた。場が一時騒然となる。男は右腕側面を噛み千切られていて、止血でどうこう出来るレベルを超えている。あのままでは失血で死ぬだろう。死ぬなら、その前にナイトウォーカーになるだろう。
「――――くない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない!」
「兎、切ってやれ」
先生は苦々し気にそう言った。骨まで届く程の噛み傷は素人には止血も出来ず、扱いが難しい。だから簡単に処理可能な切断にする。患者はショックで気絶するかもしれないし場合によれば悪化する事もある、が現状では一番の対処方だろう。少なくとも、この場の患者はそう言っている。
「救急車呼んだ方が…………!」
「や、お願、いします」
震える声で、腕を押さえる男は言った。ルーキーは信じられないと目を背けて、すがるように俺を見た。馬鹿な事はするなと彼女の瞳は言っている。
自分の手当てを終えたらしい警備員達が患者をしっかりと抑えつけた。右腕を差し出して、男は呻く。
ため息を吐く。救急車が間に合うならこんな事はしなくてもいいのに、俺は人の腕を切り落とす。いきなりの展開にルーキーは狼狽えているしインカムは沈黙している。ふざけた話、苛々としてこの場にいない誰かに悪態を吐いて、右手でナイフを抜いた。
「…………意味なんて、無いか」
ゾンビ映画とかに良く出てくるけど、
噛まれちゃって「血が止まらない!」「応急処置だ!」みたいな、
ああいう展開ってどうやったって死亡フラグですよねー。
「噛まれたら終わりっ!」みたいな。
言い忘れてたけど、このお話はゾンビものではないですよ?




