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“白犬”

ラビ君の二つ名は「黒兎」、

これが伏線だったりしたりしなかったり。




 男を隣の家に押し付けて、俺とルーキーは二人自転車を並べて住宅街を抜けた。シャッターの下りた通りを自転車のベルの音が静寂に染み入って響いた。

『マキシム、ビル前相対四つ』

『位置確認。…………もうちょっと判りやすい言い方ないの?』

「ラビ君、一つ訊いていい?」

 ルーキーが自転車を寄せて俺の顔を覗く。ゴーグルのおかげで目は見えないだろうが気分は良くなく、顔を反らした。

「なんだ? 仕事に関する事か?」

「いや、どうしてゴーグルかけてるのかなって。学校でもサングラスかけてたりするよね」

「個人に関する質問は受け付けない」

 えー、と可愛らしくも不満げな声を上げるルーキーを無視して耳を澄ませる。

 (しん)と、深い海底に沈んだような街をぼんやりと想った。以前夜に散歩していた頃とは街並みも変わってしまった。主にナイトウォーカー共の所為で、どの場所も人工の光で満ちて闇の入る隙間は無い。街灯も無い場所はあるにはあるが、山奥か田舎だけだ。家の周りには去年の真冬のような人通りの無さとは全く違う静けさが広がっていて、それがもの寂しくて、俺はいつものように街に出る。

 例え、俺の環境(まわり)が変わっても、変わらないものは有ると、確信したかったから。

『ルアー、東中学校前にて“白犬”と遭遇した。近付くも即座に逃走。追跡中』

『マキシム、三越デパート前、“白犬”相対、追跡』

『場所確認したよ。今回の事件では死傷者は出ているけど一匹も捕らえられていないから死生問わずデッド・オア・アライブで金一封! 警備隊の奴らもまだ捕まえてないって、先越されないでね!』

 遠くで笛の()が聞こえた。間の抜けた、リコーダーのような音。それと共にアスファルトを掻く爪音も背後から聞こえた。振り向くと、白い毛の大柄な犬が声も無く佇んでいた。

「っ、おい、ルーキー! 止まるな!」

 知らず、自転車を停めていたルーキーに怒鳴る、が聞こえないのか何なのかルーキーは動かない。

『リーダー、何かおかしいぞ!』

 また笛の音。“白犬”が動き出す。動こうとしない新入りの方へ。牙と爪を持って。

 舌打ち自転車を反転させる。思いっきりペダルを踏み込んで一気に加速する。ルーキーの前に出て、片手で抜いた刃を走り寄る犬へ、上段から振り下ろす。

「―――」

 短く、新入りは何かを呟いたが、何と言ったかは分からない。“白犬”は何かに気付いて体を震わせ、俺から遠ざかるように距離を取った。次へ続く回避ではなく、逃げる為の回避。おかげで俺のナイフは空を斬る。

『…………誘導されてる!? キール、この先は…………くっ!』

 倒れた重心を戻そうともせずに犬は駆け出した。無論、逃げたのだ。先程の一閃で仕留められなかったのが響く。これはルアーの言う通り誘導なのだ。

「ぼうっとすんな新入り! 追いかけるぞ!」

 ごちゃごちゃ考えるより自転車を走らせる。遅れてルーキーが追いかけて来た。直ぐに並んで、“白犬”を追跡する。

「ラビ、新入り、“白犬”追跡中! キールこの先は商店街だろう!?」

『うん、そうだけど、皆そこに集められているみたいだね』

 何度も言う通り、SOWには四人しかいない。警備隊とは違って小回りの利くという利点はあるものの、やはり人数不足だということで一人追加する事にしたのだ。つまり

「マキシム、追跡を諦めて通常任務に戻れ。ルアー、犬は商店街の東口に追い立てろ。挟むぞ」

『…………アイ、サー』

『分かった、商店街の中では撃たないようにする!』

 ペダルに力を込める。ただのチャリンコだからどんなに力を入れても空回りしているようだった。前方にはアスファルトに爪を咬ませる大柄な犬がいる。自転車で轢き殺してやろうとハンドルをきるが、避けられる。

 顔を上げると商店街の入り口が見えてきた。犬は迷い無く商店街へ踏み込んでいった。追いかけてシャッターの降りた広い通りへ自転車を進める。足元で砂が鳴った。

「商店街へ入った。嫌な予感がする、気を付けろ」

『こっちも入ったよん。大丈夫、へまはしない』

 少し速度を落としてルーキーの様子を伺った。若干息が乱れているもののちゃんと後ろについて来ていて、特に心配することはなさそうだ。

 そう判断して前方に目を戻すと、速度の違いから少し先行していた犬は道の真ん中で立ち止まっていた。ブレーキをかけて自転車から降りる。同じように降りようとした新入りを押し止めて、相手の出方を伺った。

 “白犬”は吠えるように顎を打ち鳴らして数歩距離を取る。軽く爪が引っ掛かる音がして後ろの細い路地から犬が二匹現れた。ルーキーが怯えたように息を飲む。

「…………三匹だ。囲まれた」

『挟み撃ちにされた! くそ犬っころが!』

『ルアー落ち着いて! 今行くから!』

『来るな弱虫! それよか新入りちゃんをなんとかしな! 咬まれたらただじゃ済まないぞ!』

『分かった』

 両手でナイフを抜く。切れかけた街灯の瞬きが刀身で光った。がちっがちっ、と下顎を打ち付ける音が響く。どこかで笛の音が聞こえた。

 犬が動く。ナイトウォーカー特有の脊髄反射的動きで二匹が俺とルーキーに飛びかかり、一匹が足に食い付こうと走りよってくる。

「動くなっ!」

 右手でナイフを投擲した。新入りの耳元すれすれを通って飛びかかった犬の眉間に突き刺さる。それを確認するより先に、左手のナイフを開いた口の端に差し入れ、押し抜いた(、、、、、)半月のナイフ(ハーフムーンファング)は難なく犬の体を分断して使い物にならなくする。残心もそこそこに抜ききったナイフをもう一匹の脳天に突き刺そうとして、()めた。

 がつん、と音高く牙が噛み合わされ、それを上から押さえ付けた。力比べでは勝てる筈が無い。ズボンのポケットの一つから取り出したワイヤーで犬の頭をやたらめったらに縛り、それで脚も拘束する。身動きが出来なくなったのを確認して押さえていた手を放した。

「ラビだ、生け捕りに成功した。キール」

『今向かってる』

『どりゃ!』

 どん、少し遠くでルアーのショットガンの音が聞こえた。もう一発。

『へん! ミンチにしてやったぜ!』

『…………毎度言うけどさ、ミンチにしちゃ駄目なんだって』

 死体に刺さったナイフを、もう一度刺してから抜いた。布で血脂を拭いて鞘に収める。刃こぼれしていないといいが。

 ルーキーはじっと俺かナイフを投げて殺した犬を見下ろしていた。眉間が割れて大量の血液と脳漿が溢れて流れている。

 少しだけ、その後ろ姿が泣いているようにも見えた。多分、目の錯覚だろうが。

「どうした?」

「…………別に」



人間の動物としての能力なんてたかが知れてるけど、

何で人間は記録に挑戦したがるのかな

ってちょっと思った。

思春期ww


俺は猫派だぜ。

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