俺たちの仕事
「人を殺せる人間」って結構少ないんだと、
自分では殺せると思っていても実際そうなると無理なんだと、
まあ、殺しはいけないですけど?
5
暗い道に自転車のベルが響く。ゆったりとペダルを回しながら、油断無く辺りに気を配る。今のところナイトウォーカー供の姿は見られなかった。
『と、いうわけで、新入りちゃんの暫定的なアダ名を決めよう。本名で呼ぶ訳にいかないし』
キールの声を聞きながら右手を挙げる。教本位にしか載っていないだろうが、自転車で言う右折ウィンカーだ。
『はいっ! 新入りだからルーキーで良いと思います』
後ろを新入りがついてきているか確認してから右折。住宅街にベルの音が響く。
『特に案無し。ぶっちゃけどうでもいい』
異常が無いことを確認して、左折。
『やる気出しなよマキシム。今日もお疲れ?』
『まあ、な。どこぞの警備員よかはずっとな。大丈夫だ、ダリぃだけだ』
パトロールは大切な仕事だ。外に出てしまった人や家に押し入られたりしている人達を迅速に助ける事が出来る。よって、パトロールは重要である。が故に全ての警備隊の連中はパトロールをする。例え金にならなくても感謝されるのは気持ちいいとかなんとか。俺には良く分からん。
『ぶっ殺すよキン肉マン。うちの警備員より筋肉モリモリしやがって。キレイじゃないの、キレイじゃ!』
『世の中にはボディービルというものがあってだな……』
『流石に聞きたくないかな、その話。後にしようよ』
「若干煩ぇ」
暗闇の中一人で大声を出していればナイトウォーカーに見付かるのは当然だろう。いくら俺達が奴らを殺すのを生業としていても所詮たった一人の人間だ。奴らに成り下がれば誰かがさくっと殺してくれるまでさ迷う羽目になるだろう。
『YesBoss』
『来たらぶっ殺してやんよ!』
住宅街は息を潜めて、今夜もなんとか奴らをやり過ごそうと静まり返っている。光と音は則ち生き物の生存を示し、ナイトウォーカー供はそれを指針にする。吸血鬼だかゾンビーだか知らないが人類を滅ぼそうという頑張りは認めるが、地球最悪の霊長類は意外としぶとい。地球温暖化でも隕石でもいいから一回滅びればいいのに。
「川は…………ラビ君、私のアダ名はどうなったの?」
「俺が知るか、そんな事気にしてる暇があったら背後の奴の頭でも陥没させろよルーキー」
新入りはびくっと体を震わせて、自転車は止めずに振り返った。後ろに迫っていたナイトウォーカーの伸ばした手が空を斬る。
「こっのぉ!」
直ぐに反撃に移れたのは流石と言うべきか。ルーキーは篭に突っ込んであった金属バットを抜き、声も無く迫る奴の側頭部に叩き付けた。頭蓋にヒビの入る音がしてそいつは脳漿を撒き散らしながら倒れる。
注意深く近付いて動かないのを確かめて、そいつの顔を懐中電灯で照らす。ぼんやりとした輪の中の彼は、知り合いではなかった。携帯を開いて血涙を流している顔をメールに添付されていた写真と見比べるがどうも依頼された人ではないらしい。
死体が僅かに身動ぎをした、と思う間も無くバットが降り下ろされた。盛大に中身をぶちまけて顔がべこんと陥没する。そのまま完全に動かなくなる。
「ラビ、ルーキー、住宅街にて遭遇、一体」
『場所確認、他には?』
辺りを見回す。男が出てきたのは近くの一戸建てからだったが、その家の門が開いていた。
「ちっ、同場所侵入の形跡あり。家人の安全確認の為入る」
『分かった、死なないでね』
『ラビ頑張れー』
溜め息一つ。新入りはバットを手に不思議そうな顔をしている。自転車のスタンドを立てて新入りに片手を振った。
「こういう押し入られた形跡のある所は中に入って誰かいないか確認する。警察への報告はキールがやってくれるが、もし生存者がいたら安全な場所へ連れていくこと」
ここで待っていろと言い残して門に手をかける。思い出して付け足した。
「バットで撲る時は出来るだけ後頭部を狙えよ。顔面の形が変わると身元がすぐには分からなくなる。それから、今から中で盛大に暴れるが、よって奴らはそれこそ真夏の虫のように引き寄せられるだろうがここはお前に任せる。出来るだけ顔面は潰すなよ」
「うん、分かった。そうする」
あっさりと頷かれる。だから俺達はおかしいのだろうと、元人間であった人形を何の躊躇い無しに破壊出来るのはおかしい証拠なのだろうと、ちょっとだけそう思った。
そういえば、知り合いのとある警備隊の隊員が先週自殺した。気の弱い男だったが、家族を護りたいと武器を取った結果追い詰められて、家族を喪っての自殺だった。子供は殺せない、今娘がちょうどあれくらいの歳なんだ。そう言って震えていた彼に現代の歪んだ構造が見えていただろうか。
肩をすくめて思考を打ち切る。正直今考える事ではない。仕事中にはただ気を張るべきだ。
後ろ手に門を閉める。バイクが突っ込んで来ても大丈夫そうな門の閂式のロックをしっかり締める。一応門の内側にあるインターフォンを押してみるが反応は無い。ブレーカーが落ちて押し入られたのか。ゴーグルを外して深い闇を睨んでみた。
広くも無い庭を抜けてドアを開ける。抵抗無く開いた先の玄関は、濃密な鉄錆びの匂いと圧倒的な生臭さが混在していた。
「まず、一体」
仰向けに倒れた死体は頸が喰い千切られているにも関わらず出血は少ない。とりあえず、彼はもう動かないだろう。恐怖に見開いた目を閉じてやる。触った感じ、死後二時間ほどか。
ブレーカーは落ちているものと判断して明かりは点けないで奥に進む。二階へ続く階段の途中にもう一人首が引っこ抜かれた死体があった。こちらは女性。
「次に一体。…………で、二匹、か」
リビングへの扉に体当たりしている二つ影に口笛を吹く。人影は緩慢な動作でこちらに充血した目を向けると同時に飛びかかって来た。既にナイフは抜いている。両手を交差して、構える。
室内、特にこういった人が二人並ぶ事も難しい狭い廊下では近付かれてしまえば終わりだ。相手の方が力は強い。組伏せられれば後はなせる術など無い。幸いこの廊下の天井は高かった。脚力には自信がある。
脊髄反射だけで動いているような奴らの腕を無視して、跳ぶ。宙返りの要領で奴らの上を通り抜け、交差の瞬間に腕を振った。喉笛をひゅーひゅー鳴らしながら倒れて、それでもまだじたばたと暴れている。まあ、足が絡まって立てないようだから、しばらくしたら動かなくなるだろう。
ひしゃげたドアをノックして中の反応を確かめつつ、リビングへ足を踏み出す。どうやら内側から手で押さえていたらしい、ゴルフクラブを手にした男が荒く呼吸しながら俺をすがるように見た。
「Sword Of Wandering knightの黒兎です。侵入の形跡がありましたので勝手ながら救助に入りました。怪我は無いですか?」
「あ、…………ひ」
「キール、生存一名、死体四つ、至急連絡」
『んー、一応言っておくけどその家は五人家族だよ』
「う、後ろ!」
無言でナイフを一閃する。突き出したナイフは肋骨をすり抜け心臓、ではなく肺を的確に使い物にならなくした。口から大量の血液を溢しながらも猶足を進める彼女に止めとばかりにもう一方のナイフで首を落とした。
「訂正、五人」
『はいよ、隣の家にでも預けておいて。交番は遠いでしょ?』
黒々とした血を吐き続ける死体を茫然と見つめる男を無理矢理立ち上がらせる。体格に差がある為若干苦労した。
「お、お前、私の妻を」
「殺した。いいから立て。貴方を隣の家に預けないと」
ぐずる男を引っ張って、家の外へ引き摺り出す。男は廊下と玄関で死体を足蹴にした俺を非難がましく見ていた。
ナイトウォーカーってつまり人間だものね。
死体に敬意を払わない性格だからこそ、瑠兎君は仕事ができてるわけです。




