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研究者として
私は、教師を辞めて、研究に入った。
そのこと自体では、特に、集中しており、
余生に於いて、申し分ないわけだ。
そして、時は過ぎていくが、
カレイラについての考察が、
余りにも、そっちのけであり、
大切なはずの、物語だったわけだし、
そのことを、書こうとしている。
それについては、
今回の、アナスターシャに囚われない、
独自の、正当性があり、
その意味合いであれば、
別に、ゆとりがなければ、なるまい。
私は、カレイラであると同時に、
一人の、書き手である。
そして、そのことが、グロテスクであることで、
初めて、小説へと、機転を利かす。
教えは、深い、了見の、
正覚であり、
あそこへ、渡る。
あそこへは、古い歴史の、
云われがあり、
その後を、物語るには、
カレイラによって、
開かれていくだろう。
そしたら、親鸞の、ことを、書く。
彼は、新潟へ、流罪を受けて、
常陸(今の茨城)へと掛けて、
そして、京都へと帰っていく。
そのこと自体で、長く辛い話しになるだろう。
そういった、諸説が、今のところ、
効果的であるように思われる。




