9.探す者
手にしていた小さな白い野花の束が、足元に落ちる。
ゴツくでかい黒いブーツの上に何本かの花が舞って乗った。
前回来たときは、ただ、大きめの石を立ててあるだけの簡素な墓だった。
だが今日は違った。
石は石碑にかわり、表には”シュオウの愛犬ポチここに眠る”と彫られている。
そうして、黒衣の男はやっと自分の勘違いに気づいた。
手がかりは何もなかった。
蘇生術師の家はもぬけの殻であり、勿論そこには白騎士の姿もなかった。
生来、短腹な性である黒騎士はノシターの隠れ家の扉をぶち壊し、一番近くの家…といっても近くても徒歩で1日は掛かる距離にあるそこへ聞き込みに回ったが何一つ白騎士らしき手がかりは無かった。
だが、生きていることは間違いない。
ノシターが家を引き払ったということは、動けるまでに回復したのだろう。
白騎士の白皙の美貌を思い出す、剣ダコで固い…だが華奢な手を、あの日の魂の叫びを。
思い出さない日はない、白き麗人。
一目で欲しいと思った。
白く…透明で。
芯は硬く…頑なで。
戦場で向き合った時に、ゾクリと震えた。
明らかに黒騎士より弱いが、折れぬ目は狂気を宿して四肢を折られてもまだ立ち向かおうとする。
あの瞳はどうなったのだろうと思う。
折れたのか、それとも黒騎士に憎悪を抱き立っているのか。
考えに、ゾクリと身を震わせ黒騎士は口の端を引き上げ凶悪な笑みを作る。
「あぁ、どうせなら、俺を殺しに来ればいいんだがなぁ」
酒場のカウンターの一席でグラスを傾けながら酒臭い呼気を漏らす黒騎士に、隣に座る同業の男が呆れた視線を向ける。
「また白い女の話か? どこに自分の手足切り落とした男に会いたいと思う人間が居るってんだよ」
至極真っ当な意見を吐き、酒のあてに置かれた炙った小魚を噛みちぎる。
一瞬ブワッと黒騎士から殺気が湧き上がったが、すぐに萎んだ。
「あー……そらぁ、そうだな。 逢いたいたぁ思わねぇよな」
酒に飲まれた声が弱気を漏らし、カウンターテーブルに突っ伏す。
「またかよ。 黒騎士の名が廃るよなぁ」
今夜も酔いつぶれた男を運ぶ役目を負わされた男は、文句を言いながらも自分より大きな男の片腕を掴んで肩に担ぐと引きずるようにして酒場を後にした。
切れた契約を更新せずに旅立つ黒騎士は、女の尻を追いかけるのかと嗤った同僚に、にやりと雄々しい笑みを返し、朝もやがかかる街道へと踏み出した。




