8.道標
「ねぇ、カエデ姉ちゃん、ポチにお花上げてくれてる?」
ノシターの家の裏に作られた、亡くなった愛犬の墓に献花しているのかと尋ねてくる親友の息子に、ノシターは首を横に振る。
「おかしーな、なんで新しいお花、ボクが来る前にあるんだろ…? カエデ姉ちゃんが、日本に帰ってる間もずっとだよ?」
――――もし、あいつが死んだら……手数だが、埋めてやってくれ。
「………あの、馬鹿」
再訪の無い黒衣の傭兵の別れ際の言葉を思い出し、ノシターは顔を手で覆った。
休暇が終わり異界へ帰る為、この小屋を空けることを伝えたあの日、白い麗人はここから消えていた。
予感はしていたし、治せども深入りはせずの方針を取るノシターは、現状を受け入れて小屋を片付けると、リレイの母である親友に帰ることを告げてから、異界へと繋がる扉を作り…医者の卵として忙殺される日本へと戻った。
気にならなかったといえば嘘になる。
生きる道を示してやることもできたのではないか、もっと手助けすべきではなかったのか。
いや、やりすぎたのかもしれない。
人の生き道に差し出口を挟んだ自覚はあった…。
ノシターにできることは多い。
彼女は優秀な魔術師であり、過去にはイストーラという魔術が盛んであった国の腐敗を一掃し国家再建の一助をした功績すらある。
できることは多いが、しすぎてはいけない……。
苦い思い出を教訓とし、ノシターは自身の行動を律する。
力がある者は、力に奢ってはいけない。
やり足りないぐらいが丁度いい……。
だけど、ひとりの馬鹿な男の軌道修正をするぐらいは許されるだろう。
ノシターは額に指をやりそれを鳩尾の辺りまで下ろす操駆(※魔術の行使の為の動作)を行うと、何事かつぶやき……魔術を発動させた。




