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7.完治

 白騎士が目覚め、3日が過ぎた。


「本当にあれから来ないわねぇ。 ヘタレにも程があるわ」

 傷の回復の為に一日の大半を寝て過ごしている白騎士の様子を伺いながら、ノシターが嘆息する。


「カエデ姉ちゃん、ちょっと裏に行ってくるね」

 親友の息子が野草の花束を持って裏庭に行くのを見送ってから、ノシターは彼の持ってきた食事を白騎士の分と自分の分にわけて盛り付ける。

 その間に親友の娘がドアを通って入ってくる。

「カエデちゃん! シュオウは? また裏のお墓に行ったの?」

「ええ、またポチのお墓にお花をあげに行ったみたいね」

 ひと月程前に寿命で他界した愛犬を一番かわいがっていた、親友の9歳になる長男はまだその痛みが薄れないらしく、数日置きにこうしてノシターの家の広大な裏庭の片隅に作った墓に花を供えに来る。

 彼の自宅は王都に在り容易に墓など作れなかった為、こうしてノシターの家にそれを置かせてもらっていた。


「はい、デザート持ってきたよー。 母さんが一段落ついたら遊びに来てって言ってたわ」

「ありがとう、近いうちに行くって言っておいて。 あ、ついでだからリレイ、白ちゃん呼んできて」

 元気に返事をして白騎士の休む部屋のドアを開けるリレイに頬を緩める。


 ノシターはポケットから小さな手帳を取り出すと、紐を挟んである場所を開きため息を吐く。

 月間スケジュールの表があるそのページに付けた赤丸は残す所後1つ、明後日になれば元の世界に戻らなければならない。

 

 そう思いつつも、白騎士を迎えに来る男をもう少しだけ待ってやりたい思いもある。


 リレイに若干補助されながら部屋から出てきた白騎士を席に座らせる。


 肩の下あたりで適当に切られている真っ白な髪は食事の邪魔になるからと、リレイによって頭の高い位置で結わえられ、凛々しい容貌にとても良く似合っていた。

 伏し目がちの目は透けるような青、肌も血管が透けそうな白さをしている。

 間に合わせで着せている小柄なノシターの服はつんつるてんで、ワンピース型の服を着てはいるが、全体的に窮屈そうだ。

 無言で食事を口に運ぶ白騎士はなんとも居心地が悪そうで、リレイが色々と話を振るが、生返事ばかりのうえ自身のことは口にしない。

 だから未だに彼女の名前すら分からない、ノシターは便宜上”白ちゃん”と彼女を呼び、リレイや弟のシュオウもそれに倣って彼女を”白さん”と呼んでいる。










 食べたことのない料理が卓に並べられそれらを機械的に胃に収めると、そそくさと与えられた部屋へ引っ込む。


 昼の日差しにあたためられた部屋。

 ゴソゴソとベッドに戻り、その上で膝を抱える。


 体の調子は随分と良くなった、昔から怪我の治りは人一倍早かったので驚きはない。

 ノシターと名乗った小柄な女性は、ワタシに在る魔力のせいで治りが早いのだと言っていた、あと魔力が強いから食事の量も多いのだと。

 自分に魔力があるなんて知らなかった、魔術師であった義父も何も言ってなかった…いや、義父は知っていたのかもしれない、戦時中のあの当時、魔力があれば問答無用で徴兵され訓練され戦線に投入されただろうから。

「義父さん……」

 そうして守ってくれていたのに、ワタシは自ら戦に身を投じた。

 義父さんの望みを叶えるため、死ねなかったのだ。

 死んではいけない。

 生きる、生きる、生きる……。


『お前が好きだ』

『俺と暮らさないか』


 夢のなか囁かれた低い声音が、蘇る。

 義父さんの言葉を思い出す度に、あの低い声が思い出に被さるように思い出される。

 誰の声なのか、薄々と気づいてる。

 アレだ、あの男だ。


 黒衣の大柄な、ワタシの足を切り捨てた、黒騎士と呼ばれる傭兵。


 あの日の戦いを思い出すと四肢が強張り、呼吸も怪しくなる。

 絶望的な力の差。

 戦場であれば、恐れも気力でねじ伏せられるが。


 息を吸い込むのが上手くいかず、短い呼吸を繰り返しながら、少しづつ気持ちを落ち着け深呼吸へ持っていく。

 無理やり意識を切り替える、何も考えないように。

 ベッドの上で足を組み、深い呼吸を繰り返す。


 呼吸が整った頃、部屋のドアがノックされノシターが入ってきた。

 ノシターはワタシの座るベッドの端に座ると、いつもするようにワタシを診察し、今日はそのまま部屋から出ることはせずに、会話する姿勢をみせた。


「白ちゃんの体は一応治ったわ、あとは運動して鈍った筋肉を戻していくようになるわ。 それで、なんだけど、貴女行く宛はある? それか、行きたい場所は?」


 首を横に振るワタシに、ノシターは明後日にはこの家を引き払うのだと告げた。


「わかった」

 短く答えたワタシに、ノシターは少し考えたあと、ここを出た後はどうするのかときいてきたが、ワタシはただ首を横に振った。


 どうするもなにも…体が動くようになったのならば、今までどおり生きるだけ。

 言葉では答えていない返事なのに、ノシターはため息を吐いて少しだけ詰るように言った。



「また戦場に戻るの? 本当にそれしか生きようがないの?」



 生き様がない。


 あぁ、本当にそうだ…ワタシにはそれしか生き様が無い。

 もう戦争で稼ぐ以外の生き方を……なくしてしまった。









 夜半、ワタシは居るべき場所へ戻るため、窓枠を跨ぎ越した。


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