24.目覚め
息苦しくて目覚めたワタシのこれ以上ない至近距離に、黒騎士の凛々しい顔があった。
近すぎて良く見えない。
「ん!? んんんーっ!!!」
近距離の上に息苦しいのも当然で、唇がぴったりと塞がれている。
呻いて抗えば、すぐに黒騎士の顔が離れていった。
「く、く、黒騎士っ!?」
「おはよう」
微笑と共に、触れるだけの口付けが二度、唇に落とされた。
黒騎士は手をベッドにつき、ワタシを上から見下ろす。
「名を教えろ」
「は?」
何のことかと、見上げるワタシに彼は同じ言葉をもう一度繰り返した。
「お前の名を教えろ」
「え?」
ベッドを軋ませ、黒騎士が横になっているワタシを跨いで馬乗りになり、ワタシの腹の上に腰を下ろす。
体重は掛けられていないので苦しくはないが、彼の頑強な両腿に腰を挟まれて身動きが取れず、恐怖を感じるが、それが顔に出ることはない。
「俺の名は名乗っただろ? アームバスティン・バルロッグだ」
「長い名だな……アーム…バスティン、バルロッグか」
何度か口の中で繰り返して記憶する。
「好きに呼んでいいぞ」
そう言われるが、どう呼べばいいのか。
「黒騎士、じゃ駄目か?」
「ああ、駄目だ。傭兵は廃業したからな」
さらりと言われた言葉に、目を丸くする。
「傭兵界にこの人ありと言われる人物が? 傭兵を辞めるのか」
「はははっ、お前だってそうだろう」
「ワタシは……」
ワタシは辞めざるを得ないだけだ……。
目を伏せて顔をそらせたワタシに何かを感じたのだろう。
「どうした?」
「ワタシは、もう、人を殺せなくなった。幾ら、切ろうとしても、剣が、止まる。だから、傭兵はもうできないんだ」
震える声で告白し、両手で顔を覆ったワタシの両手首をその大きな手で掴み、易々と左右に開いてベッドに縫いとめた男を見上げる。
男の……思いのほか優しい表情に、呆気にとられる。
「いいじゃねぇか、傭兵なんて辞めっちまえよ。第一お前、自分で言ってただろ? 『誰も殺したくない』ってよ」
――いつ? ああ、あの手足を無くし、死を覚悟したとき? 覚えてない……。
戸惑うワタシの目じりを、硬い指が濡れた感触を拭っていく。
「俺と共に生きてくれ。春になったら山を越えて東の国に行こう、そして色々な土地を旅しないか? 俺たち二人ならば、きっと、どこでだって生きていける」
二人なら――
「……ずっと、一緒?」
「ああ、ずっと一緒だ」
自分でも驚くほど弱弱しい問いかけに、彼は力強く頷いてくれた。
不意に、部屋のドアがノックされ、それから鍵の掛かったドアを揺さぶられる。
「ちょっと! 黒騎士! なんで鍵閉めてんのよっ! 白ちゃんは起きたの!? 早く開けなさいっ!」
ノシターの声に、彼は渋面を作ったものの、何事もなかったかのようにワタシに視線を戻す。
「それで、お前の名は――」
ガチャ……ッ
鍵が外れる音がして、けたたましくドアが開かれた。
「いやぁぁっ! やっぱり、ナニしてんのよーっ! 起こしに行くだけって約束したでしょうがぁぁっ!」
ドアよりもけたたましいノシターの叫び声に、黒騎士はため息を吐いてベッドを降りた。
「起こしただけだろうが。何も疚しいことなんざしてねぇよ。ほら、ズボンだって脱いじゃねぇだろ」
ワタシを隠すようにノシターとの間に立ち、自分の服装に不備が無いことを見せている。
……奴の服に不備はないが、ワタシのほうにはあった。ノシターに気付かれる前に、勝手に途中まで開かれていた服の前を整える。
ほんの一瞬、横目で此方を確認した黒騎士は、嫌々といった様子を装いながらゆっくりとワタシの前からずれ、ノシターが近づくことを許した。
大きな邪魔者が退けてすぐにベッドに近づいてきたノシターは、ワタシをベッドに据わらせる。
「白ちゃん大丈夫だった? 魔力切れを起こしたの初めてでしょ。ごはんをしっかり食べて、ゆっくり休めばすぐに回復するはずなんだけど、どう?」
そう言いながらワタシの顔色を見たり、手首を握ったり、頬に手を置いて目の下瞼を捲り、それから大きく口を開けて舌を出すように命令した。
一体何をされているのかわからないが、拒否できない手際の良さに、されるがままになる。
「うん、大丈夫そうね。血色もいいし、魔力もちゃんと巡っているわ」
ほっとしたようにそう言った彼女から解放され、小さく息をつく。
体調が良くなっているのは自覚できるが、魔力というのも感知できるものなのだろうか。魔術師であった義父からは、なにも教わらなかったから、判りかねる。
「さぁてと、それじゃ、実験してみましょうか!」
にっこり笑ってそう宣言した彼女に、ワタシと黒騎士は顔を見合わせた。