21.叶う
血に濡れた黒騎士の唇に、小さく触れるだけの口付けを落とす。
「こんな傷、すぐに――」
―――治ってしまえ――
血の気が引いて、冷たい唇にもう一度唇を寄せた。
熱を分けるように……願いを込めて。
スゥッ――
と、体の中から何かが抜けるような感覚がする
目を閉じ、まるで魂を分けるような、そんな不思議な感覚に身を委ねた。
体の中から何かが抜けていく感覚が止まり、少し眩暈を感じながらゆっくりと……閉じていた瞼を上げる。
っ……なんだか、急にお腹が空いてきた。どうしたんだ、さっき干し肉をたらふく食べたばかりなのに。
「白騎士……お前」
相変わらず血まみれの。だけど、血色の良くなった偉丈夫が驚いた顔でワタシを見上げている。
あまりの血色のよさに、ワタシも何と声を掛けて良いか判らず、激しく空腹を訴えるお腹を抱えながらポカンと彼を見つめる。
「――お前、魔術師、だったのか」
「否、傭兵だが?」
それも違うか、元傭兵だったな。ただしくは食堂の給仕係りだな。
アレだけの怪我を負い大量の吐血までした男は、腹筋の力で楽々と身を起こして地べたにあぐらをかくと、両手に握りこぶしを作りぐっぐっと力を込め、それから自分の体を触って何かを確かめる。
「全部、治ってんなぁ。ノシター並みじゃねぇか……」
不意に黒騎士は至近距離に居たワタシに顔を向けるとニヤリと笑みを作り、嫌な予感に逃げる事も出来ない素早さで両手を伸ばしてワタシの頬をはさむと、一気に顔を近づけて唇に唇を重ねてきた。
「ん!? むぅっ!!」
一瞬驚いて身動きが止まったものの、顔を離そうと逃げを打つワタシの頬を包む硬い手のひらがそうさせず、太い腕でワタシの体を掻き抱くと――呻いたワタシの唇の隙間を割って、黒騎士の血の味のする舌が入り込んだ。驚いて逃げるワタシの舌を追いかけて、熱い舌が口腔を蹂躙する。
空腹に錆びた鉄の味がして気持ち悪くなり、必死に彼を押しのけようとするが、力の差がありすぎて、びくともしない。
「んん……ぅっ!」
散々、口の中を舐られて、息も絶え絶えになったところで、唇が離された。
「……き、貴様……っ! なにをっ」
肩で息をしながら睨みつければ、偉丈夫はニヤリと笑う。
「死に際の接吻は、このぐらい情熱的にしてくれ。じゃねぇと、死に切れなくて戻ってきちまうだろ」
そう言った黒騎士の後頭部に、スパァーンといい音が跳ねた。
「助けてくれた恩人に何してんのよ! この助平オヤジ!!」
聞き覚えのある声に、目を瞬かせれば。
手に底の平らな革の靴を持った治癒魔術師が仁王立ちしていた。
彼女は手にしていた靴を履き、さっきまで死ぬ様相を見せていた男の襟首を掴んでワタシから引き剥がし、襟を掴んでがくがくと揺さぶった。
「丁度休みだったから、気になって来てみれば! 無垢、且つ、魔力が潤沢な貴重な人材をっ! あんたのせいで、変な操駆になったじゃないの! どうしてくれんのよ、この馬鹿っ!」