20.願い
剣を右手に下げて持ち、男たちの戦いを見守る。
そもそも、ワタシが茶々を入れる隙などない戦いだ。
黒騎士に勝ってもらわなくてはならない。
そうでなければ、覆面に口を封じられるだろう。
それよりも。なぜだろうな、アイツが死ぬのは嫌だと。
アイツが覆面に手傷を負わされるたびに、胸の辺りが軋む。
ワタシが剣を手にしたのを見て、アイツの戦い方が変わった。
ワタシの事を考慮しない、そののびのびとしたアイツらしい動き。
おっと、茶々を入れるつまらない男は潰しておかないと。
地面に転がされていた覆面の一人が取り出した吹き矢の筒先を二人の方へ向けたのを見つけ、駆け寄って後頭部を蹴りぬいた。
「ぐっ……」
殺さぬように加減をして昏倒させる。
他にも数名、意識を取り戻したようなのを、再度意識を奪う。
「ちっ、余計な事をっ」
「見世物の邪魔をされるのは好きじゃないんでね」
舌打ちをする覆面に、笑って応える。
とはいえ、黒騎士は劣勢で、覆面の優位であることは変わらない。
なのに覆面に追い詰められていてもかげりが見えない、その気迫と技術には感嘆しか出てこない。
雄雄しさにゾクゾクする。
「なに、ぼけっと見てるのさ。アンタの男だろう」
短槍を担いだ給仕長が、暗がりからワタシの横まで移動してきた。
彼女が見ているのには気付いていた、もう一人……多分オーナーも居る。
「ワタシの男? 違いますよ。ワタシなんかが手を出して良い男じゃない」
自嘲と共にそう零しす。
なぜワタシの近くに来たのかも判らない。獣を手懐けるように、少しずつワタシに近づいてくる黒騎士に戸惑いを覚えないわけがない……戦場で剣を交えた相手に何か思うところでもあったのかもしれない。
きっと一時の興味本位。
ワタシの返答を聞いた、彼女はハンッと鼻で笑う。
「何を言っているんだ貴様? あの男だろう、あの戦場から手足を失ったお前をお持ち帰りしたのは。おおかた、法外な治療費をとるらしい治癒魔術師に依頼したんだろう。此処に来てからのあの男を見ていてもわかる、随分惚れられてるじゃないか。アレだけのイイ男だ、もう、腹括って食われてしまえ」
言いたい事を言った彼女は、言われた内容を理解できないワタシを残し、短槍を軽々と振り回しながら、意識を取り戻して身動ぎする覆面を取り押さえに動きだす。
黒騎士が、ワタシをあの戦場から……? ワタシを治癒魔術師のもとへ連れて行った? なぜ……。
「ちっ! 邪魔が入ったか!」
給仕長を認めた覆面の男が、追い詰めていた黒騎士から大きく跳んで離れる。
そこを、今まで隠れていたオーナーの漸撃が襲う。
あの威圧感のある体から、よくも見事に気配を絶っていたと感心する。
明らかにワタシなどよりも実力のある人間だ。
「リァ・バグロックの犬が、他所様の庭で遊んで、ただで帰れると思うなぁっ!」
坊主頭のオーナーは、気合一発覆面との距離を詰めると、手にしていた大きな槍で胴を突きにいった。
黒騎士との戦いで、すでにかなり体力を減らしていた覆面だったが、辛うじてその槍先をかわすと、身を翻して逃げを打った。
すかさず追撃するオーナー。
ドサッ と、倒れこむ音で、我に返り、音のしたほうを見れば、夜目でもわかる血濡れの有様で黒騎士が地面に倒れこんでいた。
思わず駆け寄り、彼の傍に膝を付く。
「……無事で、良かった」
「無事じゃないのは貴様だろう! なぜ、ワタシを質に取られたぐらいで、諾々と奴らの誘いにのった。――ワタシとあれらが共謀してるとは思わなかったのか」
うつ伏せで地に伏す偉丈夫を手荒くひっくり返し、その襟首を掴む。
初めてまともに見た男の顔は、死に行く者の静謐さを漂わせていて……勝手に涙が零れ出した。
「何故、ワタシを生かした……っ! ノシターのもとへワタシを連れて行ったのは貴様だろうっ」
「おまえ……泣き顔が、可愛いよなぁ」
場違いな言葉と共に、大きな手のひらが頬を伝う涙を拭う。
「――誰も、殺したくない、と。あの時も泣いていた」
色を失った男の唇がニヤリと歪む。
「四肢を失い、ボロボロのお前に一目惚れした。……ぐっ」
咳き込んだ男の口から血が吐き出される。
その量の多さにゾッとして、襟を掴んでいた手を放し、必死にその血をぬぐう。
「もう、しゃ、しゃべらないで……っ」
「……いま、言わねぇと……もう、言えねぇだろ」
低く、優しい声音が、あの治癒術師の家で意識を取り戻すまでに聞いた、声と重なる。
「ひ、東へ行こう……って」
二人なら大丈夫だと、そう言ったじゃないか。
そうなじれば、男の目元が優しく緩む。
「ああ……いきてぇなぁ。お前となら、何処へだって行ける気がしたんだ……」
きっと行けるだろう、ワタシと貴方なら。
ワタシを見上げる彼の視線が定まらないものになってきた。
「なぁ、名を……教えてくれよ」
「げ、元気になったらだ! こんな怪我など治したら、教えてやる!」
ワタシだって、四肢を切られても死ななかったんだからっ……!
無茶を言っているのは知っている。
だけど、失いたくないと……ここで彼を失いたくないと!!
「は……はは……流石は、白騎士だ。ならば、元気になろう……お前が俺に、祝福の接吻をくれたら……な」
ワタシの戯言に付き合って、そう返す彼の優しさに胸が熱くなる。
「ああ、キスぐらい、幾らでもしてやるよ。だから、こんな傷すぐに治せ」
血に濡れた、冷たい唇に、願いを込めて唇を寄せた――