2.蘇生
左足を失くし、両腕に致命傷を負い、それでもまだ戦おうとした彼女の……血を吐くような最期の叫びは戦場に居た者の士気を根こそぎ持っていった。
両軍が撤収する中、白騎士を抱いたままの黒騎士は、白騎士を引き取ろうとうろついていた敵軍の兵をひと睨みで下がらせた。
「白騎士……」
腕の中でぐったりと、青白い顔をしている白騎士の、頬に掛かる髪を指先で払おうとするが、血で貼り付いてうまくいかない。
「黒騎士よ、それをどうする」
頭上から掛けられた声に、黒騎士は白騎士を腕に抱いたまま立ち上がる。
「まだ、生きている…いや、死んでいないと言った方がいいか。 そこにある足を持ってきてくれ」
声を掛けてきた男に白騎士の足を拾わせると、自軍へと歩き出した。
「生きてるにせよ、死んでいるにせよ、あちらに返さねばなるまい」
黒騎士を追ってきた男は、迷い無く歩く黒騎士に進言する。
「傭兵の一人や二人、俺が貰ったところで問題などないだろうさ。 それに、あちらにやったのでは、助かるものも助かるまい」
黒騎士は野営地には戻らず、虫の息の白騎士を小回りのきく小さな馬車の荷台に乗せ、馬を走らせる。
もう一人の男は、白騎士の出血を止めるべく、揺れる荷台で器用に傷口を縛る。
「持ち場を離れてよかったのか、黒騎士よ」
白騎士が落ちないように押さえながら、男が馬を操る黒騎士に大声できく。
「俺に物申せる奴など居ないだろう!」
愉快そうに大声で返す黒騎士に、男は肩をすくめる。
いつだって傲岸不遜、誰よりも強く、誰よりも激しいこの男を止めることのできる人間など居やしない。
暫く馬を走らせると、ぽつんと一軒の小さな家が森の中にあらわれる。
「おおい! ノシター! 居るんだろう!!」
黒騎士がドアを壊す勢いで叩いていたドアが開かれ、中から一人の女が現れる。
「あんたですか、なんですか、また面倒ごとですか、いい加減にして欲しいものですね。 で、今回はどのようなご用件で?」
ノシターと呼ばれた女は、あからさまに嫌そうに、用件を促す。
「ちょっと蘇生してくれ」
「……ちょっと?」
ノシターの頬が引きつる。
ちょっとで済むような状態でないことは明白だ。
「がっつり蘇生してあげますから、さっさと連れてきてください」
鼻で笑い、部屋の奥へ入っていくノシターに、黒騎士はあわてて白騎士を抱いて後に続く、そしてそれに続いて左足を持って男が行く。
部屋の中は小奇麗で、仄かにラベンダーの香りが漂っている。
「まだ息してるんでしょうね。 息の無い人間は無理ですよ」
「大丈夫だ、辛うじて生きてる」
真っ白なシーツを掛けたテーブルの上に白騎士を横たえる。
「…ほとんど死んでるの間違いですね……まったく!!」
ノシターは毒づくと、男から足をひったくるように奪い、黒騎士と男ともどもに家から追い出した。
「こちらは引き受けましたから、とっとと戦場に帰ってください」
返事も聞かずにドアが閉められる。
「……噂には聞いてましたが、凄い人ですね。 黒騎士をこんなに雑に扱う女性を始めて見ました」
「そうか? さ、白騎士はアレに任せて、戻るぞ」
黒騎士は後ろも振り返らず馬車に向かう。
男は心配げに何度か振り返り、家の様子を伺うが、そこにあるのはなんの変哲もないただの家で。
「ノシターが引き受けたんだ、心配は要らない」
黒騎士が絶大な信頼を寄せるその女性は、この国随一の魔術師であり、世界で唯一の蘇生を行える魔術師だった。
ノシターは死んだように横たわる血まみれの傭兵を見下ろす。
「……随分、魔力が有るわねぇ」
この魔力のお陰で死なずに居るのだろうと容易に知れる。
「さて、さっさと治療しますか」
白衣に着替えたノシターは、左手の指先で自身の額に触れそれから鳩尾当りにその指を下げてからその手を白騎士の上にかざした。
「異物除去・傷口殺菌消毒」
通常の魔法ではあり得ない、簡易な言葉でそれが行われ、白騎士から異物…血まみれの着用物や泥等が取り除かれ、泥にまみれていた傷口が綺麗に消毒までされた。
もしここに他の魔術師と呼ばれる人間がいたなら、その非常識な魔法に愕然としたことだろう。
魔法の行使には本来、操駆と呼ばれる珍妙な踊り(魔術師達的には神聖な所作)を行ってから、願う事象を長々と言霊に乗せて発する…という手順が必要であり、その操駆を額から胸へ手を下ろすだけで済ませ、言霊を乗せる言葉をあれほど簡潔に済ませるというのもありえない。
まさに規格外な魔法の行使なのだった。
血の気の失せた白い肢体が、硬いテーブルのうえに力なく横たわる。
だがその胸は間違いなく呼吸し、小さくだが上下に動いている。
ノシターは同じように綺麗にした左足を本来有るべき場所へ置き、もう一度先程のように左手を動かすと左足の切断ヶ所にその手をのせる。
「足の再接続」
ノシターは目を細め、脳内で足の、骨・筋肉・血管・皮膚・神経が元の状態に繋がる状態をイメージする。
すっと撫でるように手を離せば、白騎士の細く筋肉質な足は元通りに繋がっている。
「上出来だわ」
自身の実践に則したイメージ力に口角を少し上げ、続けて両腕、右足の治療も手早く済ませてしまう。
「輸血も出来ればいいんだけどねぇ、無いものを出現させることはできないから…」
全ての傷を治療したノシターは嘆息し、白騎士の引き締まった見事なプロポーションの裸身を、魔法を使い浮かせて客室へと運び、綺麗に整えられたベッドに寝かせる。
「これだけ魔力があれば、ちょっとやそっとじゃ死なないでしょうけどね」
毛布を掛け、眠る女の頬にかかった白い髪を払う。
「アルビノなのかしら? ずいぶんと見事な白髪。 早く元気になってね」
ノシターはいつも患者にするように優しく囁き、そっと部屋を出た。