19.解
「流石は黒騎士。あれだけの人数でも、足止めにしかならなかったか」
私の手を腕から外した覆面の男が、楽しそうに黒騎士に向かって言う。
一体どれだけの人数を彼に向かわせたのだろう。
一桁ではあるまい。
覆面の男が離れていくのを気配で察し、目を覆う目隠しに手をやって外した。
ぶらぶらと歩いてたどり着いたのは、町の郊外のようだ。
いつの間に町を出たのか、周囲には民家は無く、開けた場所に黒い旅装の偉丈夫が立ち、周囲には覆面をした男たちが昏倒したり……意識はあっても、既に戦闘できるような状態ではなく地面に転がっている。
二十は下らないその人数に、呆れる。
この人数を無傷でか。
ワタシ等とは比べ物にならないその力量に笑いたくなる。
「ああ、致命傷とまではいかないが。それなりの働きはしたようだな」
覆面の男が、楽しそうな声でそう言えば、偉丈夫が剣を支えに片膝をついた。
「はっ、国軍所属の隠密が派手な事をしやがる。傭兵一人に、この人数を裂くたぁ、随分買いかぶられたものだ」
軽口を叩く男の呼吸が荒い。
「そんなことはないさ。我々は、お前の腕を買ってるんだよ。只少し、仕事を与えすぎてしまったのは、申し訳なかったかな」
「飼えなくなった犬は、殺処分か」
自嘲気味に言う男の苦い声を聞きながら、両手を縛っている縄に歯を立てて、結びを緩める。
不穏当な台詞ばかりを並べる二人に、げんなりとする。
この流れでいくと、ワタシの口も封じられるのだろうな。
特殊な結び目を憎く思いながら、右を緩め、次に中央を緩めもう一度右で次は左。――昔、家で悪戯をしたときに、反省を促すためにと義父にこの縛り方で縛られて、家の柱に紐の端を結ばれていた。
苦心してこの結びの解き方を編み出したのを思い出す。
懐かしいな。こうして歯で紐を解くことなどないと思っていたのに。
手順を間違えると途中からやり直しとなる、この、根性の曲がった結び方は軍で教えられる独特のものらしく……とすると、覆面達も義父と同じ、あの国の人間だろうか。
戦に破れ、領土の大半を隣国に奪われた故国。
いっそ大国の属国にでもなればいいのにと、民は願っていたのに。
形ばかり、国が残った。
右、左、真ん中、左、真ん中、右……。
シュルッと紐が解けて、両手の自由が戻る。
手首を擦りながら顔を上げれば、覆面の男と黒騎士が剣をあわせていた。
手負いのわりに、良く喰らい付く。
ちらりと、黒騎士の目が此方を見た気がした。
……なんだ、時間稼ぎをしているのか。
そういう戦い方をしたことはないが、剣を合わせた相手にそういう戦い方をされたことは何度かある。
此方の気を引かせるように、隙を作り、大振りで。
お前は、ワタシを逃がそうとするのか? 黒騎士。
口元に笑みが浮かぶ。
数歩前に進み落ちていた剣をつま先で蹴り上げ、手にする。
数回振って重さを確認すると、男二人を見る。
下らない、男同士のイザコザに、ワタシを巻き込んだのが悪い。
守るなどというのも、実におこがましい。
手を組もうなどというのも、鬱陶しい。
死ぬな、生きろと、望む……その思いすら。
「本当に、男ってぇのは、どうしようもない」
コキコキと首を鳴らし、数度その場で跳ねる。
久しぶりのこの張り詰めた空気が良いんだろう、体が軽くなった気がする。
「それに、諾々と従うワタシが、一番どうしようもない」
口元に微笑みが浮かんだ。