17.誘拐
仕事から戻っても再会してからの数日と同じように、洗濯をするワタシを少し離れた見守っていた黒騎士の前で、ワタシは覆面の男たちによって手筈通り攫われた。
覆面の三人が黒騎士とワタシの間に入り、他に三人の覆面がワタシを背後から襲った。
不意打ちで腹を殴られ、呻いているところに轡を噛まされ、両腕を縛られる。
「白騎士っ!」
乱暴ではあったが、あっという間にワタシの身柄は捕らわれる。
これならば、あの男も不審に思わないのではないかと、期待できる手際の良さだ。
「ここでは悪目立ちする。町の西にある廃屋へ来い」
そう言いながら黒騎士を牽制する覆面の男たちに先んじて、その場から連れ出されたワタシが連れて行かれたのは町の東にある立派な屋敷だった。
「黒騎士はあれらの領分だ。ここは、領主の別宅だ。今は俺しか住んでいないがな」
人の気配のない邸宅でワタシを迎えた自称領主の妾腹の子である青年がそう説明する。
ワタシの身柄は男たちの手から、彼に受け渡された。
両手を拘束され轡を噛まされたまま、火の気も無くどことなく寂れた匂いの淀む屋敷の中を腕に繋がった綱を引かれて進む。
暗い室内を、手燭一つで歩いていく男の背を見る。案外、妾腹の子というのは自称ではないのかもしれないな。
どちらであれ、ワタシには大して意味はないが。
「さぁ、此方へ」
ドアが開けられたそこは、あからさまに寝室だった。
中には入らず立ち止まり、無言のまま彼に視線を向ける。
「君に拒否権は無いよ」
嘲るような青い目が見下ろして、背中を押して無理に室内へ踏み込ませる。
暗い室内に明かりが灯される。
ソファに座るように言われたので、大人しく従う。
縄で縛られている両手を上げて見せたけれど、解かれることはない。
薄々気付いてはいたが、まぁ、そう言うことなのだろうな。
彼はソファに座るワタシの背後にまわると、ワタシの首筋に手を這わせ、髪の毛を持ち上げてサラサラと流した。
思いのほか優しい手つきに、背筋がゾクリと粟立つ。
「本当に……白い髪なんだな。貴女が、白騎士なのだろう? 戦場に散ったと聞いていたが、噂などあてにならないものだ」
戦場からこんなに離れた地域でもワタシの名は知られているのか。
鼻で笑えば、ぐっと髪を後ろに引かれ上向かされる。
痛みを顔に出さないように笑みを浮かべたまま見上げれば、ニィッと口元を歪めた顔に見下ろされる。
「白い死神、無慈悲な天使、どれも今の君には似合わんね」
初めて聞く渾名だが、なかなかに美化されていて笑える。
「地に落ちた今の君には、僕ぐらいが丁度いいだろう?」
そう言って笑いながら、男がワタシの顔を撫でる。
下らないな、ワタシが地を這っていなかったことなど無いのに。
両手を血にまみれさせ、殺し、殺し、殺し、そうして生きてきたワタシを天使などと。
体を巡る血に、熱が通う。
縛られたままの手を上げて、男の髪を鷲掴みにすると、逃げる時間を与えずにソファの背に男の額を叩きつける。
ソファから立ち、口に噛まされた轡を毟り取った。
「地に落ちた、だと? 貴様は何を勘違いしている」
床に膝をつき額から血を流してワタシを見上げる男の襟首を、縛られた両手でソファ越しに掴んで引き寄せる。
「ワタシが居るのは、地の底だ」
もう一度男の頭をソファの背もたれに打ち付け、意識を飛ばした男を床に捨てた。