16.謀
翌日、いつもなら黒騎士が背を預けているその場所に、自称領主の妾腹の子である調理場の青年が立っていた。
「手をかせだと?」
服を洗うワタシに、話を持ちかけたのは彼だった。
「黒騎士を討つ」
真顔で話を持ちかけてきた彼に、服を絞ってから向き合い首を横に振る。
「あれは、強い。ワタシなど歯も立たない」
「君に戦力は望まない、君はあの男の人質になってくれればいい。君はあの男と面識があるんだろう? 随分、執心されているようじゃないか。毎晩ここで待ち伏せされているのも知っている。君は、アレが邪魔だろう?」
そう畳み掛ける彼の後ろから、顔を隠した複数の男たちが出てきた。
現在の愛用の武器である鉄を仕込んだ杖は部屋だ。
周囲には武器になりそうなものがなく、分が悪さを感じつつ男たちに対峙する。
「そう警戒しないでくれ。我々と手を組もう、君もあの男を疎んでいるのだろう」
男のうちの一人が前に進み出て、覆面でくぐもった声でそう誘いを掛けてきた。
「……疎む」
「ああ、目障りなのだろう?」
あの偉丈夫を前にすると、確かに胸がざわめくが。これが、目障りだと思う感情ゆえなのだろうか。
自問しても、自分の知らない感情を判断することはできなかった。
そんなワタシの沈黙を了承と取ったのか、青年が金の入った袋を渡してくる。
「前金だ。二日後、この場で、君を攫う。君に危害を加えたりしないから安心してくれ。君は何も知らない顔をしていればいい、簡単な小遣い稼ぎだと思えばいいよ」
青年はそれだけ言うと、男たちと共に行ってしまった。
手に持った金をポケットに突っ込んで、部屋へ上がる階段に足を掛ける。
「あの小悪党に、乗るのかい?」
階段の陰で煙草をふかしていた給仕長に声を掛けられ、足を止める。
長身の彼女は堂に入った仕草で、煙を反対側へ吐き出し、ワタシをじっと見つめる。
「煙草……オーナー嫌がりますよ」
「知ってるわよ、だから、仕事上がってから吸ってんじゃないの」
拗ねるようにそう言う彼女に「おやすみなさい」と声を掛けて、部屋へ戻る。
「ほんと、可愛げがないわね」
そんな声が聞こえたけれど、黙殺する。
ワタシの事を可愛いなんていう人間は……義父さんくらいなものだ。
久しぶりに義父のことを考えたせいだろうか、魔術師のもとで意識を取り戻す前に聞いた声を夢の中で思い出す。
低い男の声だった。
好きだと……声が甘く響く――