14.再会
「大丈夫? あの子たちも酷いよね」
エプロンを洗っていると、近づいてきた給仕長が言うところの“胡散臭い”青年が、にこやかな表情でワタシの脇に立った。
「油ものは、落ちにくいよね。お湯が使えればいいのにねぇ」
そう言いながら、ポケットから出した煙草に火をつけ、煙を吸い込む。
「ねぇ、君。まだ辞めないの? なんなら、僕が他の店に紹介状を出してあげようか?」
隣にしゃがみ込み、ふーっと煙をワタシに吐きかける。
息を止めて煙をやり過ごす。
「僕、実はここの領主の妾腹の子なんだ。ははっ、びっくりしただろ? ああ、ウソじゃない、この町の人間は大抵は知って居る事だから。聞いてみるといい」
聞くほどの事でも無いし、領主の子だとしてもワタシには関係ない。
何も反応を返さないワタシに焦れたのか、小さく舌打ちする。
「いつまでお高く留まってるつもりなんだ? お前程度の女なら、掃いて捨てるほど居るんだ」
一生懸命洗濯物を洗っていた腕を掴まれ、仕方なく彼のほうへ顔を向ける。
そういえば、娘達に手は出すなとは言われたが、こいつをどうこうしてはいけないとは言われてなかったな。
彼に掴まれた手をパンと振り払って立ち上がり、腰に手を当てて男を見下ろす。
「ワタシ程の女がそこらに居ると?」
顎を上げて目に力を込めれば、男はポカンと間抜け面を晒す。
「見つけた……白騎士」
背後から聞こえた低い声に、男がポカンとしたのはこの男のせいだったのかと、内心肩を落とす。
ワタシの眼力など、大した威力はないのだな。
振り向き、見上げる。
ワタシを“白騎士”などと呼ぶ、偉丈夫を。
長身でがっしりした体躯を持つその旅人は、ワタシと視線を交わすとヒゲが伸び放題のその厳しい顔に何とも言えない甘やかな表情を浮かべた。
……ヒゲでわかりにくいがな。
「白騎士」
低い声が、ワタシを呼ぶ。懐かしいような……いや、聞き覚えは無いが、その名でワタシを呼ぶということは、傭兵がらみの誰かだろう。
彼のグローブのような分厚い手が、ワタシへと伸ばされたのを、サッと身を翻して避ける。
何も考えず体が勝手に動いたんだ、だから、そう睨まないでくれ。
もう一度手を伸ばしてくる男の手から、ワタシの体は勝手に逃げる。
偉丈夫の泣きそうな顔に、なんだか申し訳ない気もするが。そもそも、初見の相手に触れようとしてくる方がマナー違反だろう。
「どちら様だ」
仕事中ではないので言葉遣いに気を回さずに言えば、偉丈夫はぐっと奥歯を噛み締める。
「もう、忘れたのか……?」
悲しそうを通り越して、怒っているような彼の様子に危険を感じ数歩距離を取る。
忘れたも何も、会った事などあっただろうか?
「アームバスティン・バルロッグだ。戦場で……逢っただろう」
「ア、アームバスティン・バルロッグ! あの、英雄と名高い、黒騎士かっ!?」
領主の妾腹の子を自称する青年が目をむいた。
黒騎士……。
「ああ、あんたか」
黒騎士の象徴である黒甲冑を着てないからわかるわけがない。
そして、あんたがワタシを抱きしめようとしてくる理由もわからない。
伸ばされた手を最低限の動きでかわす。
戦場にいるときと違って動きに無駄が多いな、その上雑だ。
「感動の再会だろう」
「自分を殺しかけた人間と、どんな感動を分かち合えというんだ」
殺されかけたことにひとかけらの恨みも無いが、そう言って返せば、黒騎士は絶望的な顔をして、拳を握り締める。
もう数歩距離を取っておこう。アイツの拳は硬そうだ。
「あの時、お前の手足を切ったことは謝らん」
「謝ってもらう必要は無い」
あれは仕事なのだから当然だと、頷く。
なのに、アイツはまた絶望的な顔をする。
「あの、だな、少し時間をもらえるか」
「断る」
洗い場へ戻り、洗濯済みの服とエプロンをこれでもかと絞る。
早く干さないと、明日、生乾きのまま着用しなければならない。寒さが増してきたので、今から干しても乾くかどうか……生乾きでもいいか、着てれば乾くな。
周囲に目をやると、領主の妾腹の子を自称する男がいつの間にか居なくなってた。
「名前を教えてくれないか」
「気が向いたらな」
近づいてきた黒騎士が聞いてきた声にそう返せば「ふざけるな」と怒り交じりの声と共に腕を掴まれた。
「――ふざけてなどいない。ワタシは名を教えたくないんだ」
顔を上げ、彼の鋭い目を見返す。
微笑んでもう一度言う。
「貴方に教える名は無い」
緩んだ手を払って、呆然とする男を残して食堂の二階の部屋へ戻った。
手が、震えている。
戦場で合間見えたあの時の、何ともいえない高揚感が振り返り、両腕で体を抱きしめた。