11.食堂
その後、同じような状況で何度も試した。
結果として……殺せはしないが、打ちのめすことは可能だった。
殺しさえしなければ戦うことはできるが、致命傷を与えることができない現状で、このまま傭兵として生きることは難しい。
打ち倒した盗賊を見下ろし、嘆息する。
奪った金で衣服を買い、旅装を整えた。
白い色は控えて、暗い地味な色合いのものを選ぶ。
これからどんどん寒くなるので、濃い色の厚手のワンピースを着て、下にズボンの裾をブーツに入れて履き、マントを羽織る。
悪目立ちする白い髪の毛は、魔術師の家で少女にされていたように高い位置で結わえ、薄手の濃い藍色をした布でゆったりと覆って隠した。
武器がないと落ち着かないので、木の杖の中に鉄芯を通したものを特注する。
本当は、仕込み刀などが良かったが、殺す武器を振るうと、体が勝手に寸止めしてしまうので、それならばいっそ、殺さず致命傷を与えることだけを考えたほうがいいだろうという結論になった。
旅の装備として歩行の補助に杖をつくのは、若い女でもよくある光景なので不自然ではない。
杖が出来るまでの間、宿に逗留する。
宵の口、少し早目に宿屋に併設されている食堂で夕飯を頼む。
客もまばらな店内のカウンター席で二人前の食事を黙々と食べる私に、顔見知りになった給仕をしている年配の女がお茶を出しながら世間話に誘う。
「お客さんこれから何処に行くんさ? やっぱり、冬が近づいてきたら南に下るんかい?」
カウンターの中で洗い物をしながら聞いてくる彼女に、食事をしていた手を止めて顔を上げる。
どこに……行く?
ぼんやりと考えて、眠っていた時に聞こえた、あの心地よい低い声が耳に蘇った。
『旅に出ないか? 東に行こう。 山を越えなきゃならねぇが、俺達なら大丈夫だろう。 東にはほとんど戦がないんだとよ。 なぁ、そこで……』
そこで……その後に何と続けたのだろう、あの声は。
意識は自分の内側のあの声に傾けたまま、ぼそりと彼女へ答えを零す。
「……山を超えて、東に、行こうかと」
「山越えで東!? この時期に山越えなんて自殺行為だよあんた。最近山の上の方に雲が掛かっとるだろ、もうあそこらは雪が降ってるのよ。雪が降る前でも、山越えは勧めないよ。あの山には獣が多いし、女の足で行けるほど整備された道じゃないからね。お客さんが足に自信があるにせよ、せめて次の夏まで待ちな。急ぐ旅でもないんだろ?」
そう問われて、コクリと頷くと、手を止めていた彼女はホッとしたように口元を緩め、「それなら、雪が消えるまで待ちな。無理はいかんさ」と言いながら皿を洗う手を動かした。
ひょっとして、彼女はワタシの心配をしてくれているんだろうか?
何故だろう、只の客に対して。ここら辺は戦場から遠いから、あまり殺伐としていないせいだろうか。それとも、単なる余田話のひとつか……。
ワタシは自分が多くの人間を手に掛けてきた自覚がある。
そうしなければ生きる事ができなかった、ワタシは生きねばならなかった。
そして、ワタシはこうして生かされている。
黒騎士に切断された腕と足。
あの女の術によって繋がれた左腕にそっと触れる。無くしたはずのものが、当たり前のように付いている。
生かされた理由はわからないし、聞きたくも無かった。
只、今こうして生きているならば、ワタシは生きねばならない。
少し味気のなくなった食事を再開した。
部屋のベッドに仰向けに寝転び、頭を覆う布を取り払う。
肌寒い室内の空気に、もうすぐここにも雪が降りそうだとぼんやりと考える。
明日、杖を取りに行って、そのままこの町を出よう。
もう少し東に移動しよう、雪解けと共に山を越えられるように。
手探りで毛布を引き寄せて、その中に潜り込んだ。