10.殺せず
魔術師の家を出た後、ワタシは森の中を進んだ。
服はノシターから借りていたものをそのまま着てきたので、サイズも合っていない。
足首まですっぽりと覆う丈夫な編上げの軍靴だけが、ワタシの持ち物だ。
剣も無い、ナイフの一つも持ってきたかったが、料理をいうものをしないノシターの家には果物ナイフの一つすら無かった。
だが、何も不安は湧いてこない、根拠は無いが生き延びる自信はある。
木をかき分けて進み、時折夜空を見上げて行く方向を決めてゆく。
夜の寒さが厳しくなってきているので、夜中に歩き、日が昇って温かい時間帯にうつらうつら休憩を取る。
まずは筋力を回復し、剣を手に入れなければ傭兵に復帰することはできない。
森を行く事で筋力の回復を図った。
死ぬ目にあったというのに、当たり前のように傭兵業を続けようとする自分をひと嗤いして、森の中を歩いてゆく。
……そして、森を根城とする野盗を見つけた。
粗末な小屋に、粗野な風体の男たちが出入りする。
本当の根城は他にあるのかもしれない、この粗末な小屋は何らかの連絡を取り合う為の場所である可能性が高そうだと予想しつつ、風下の茂みから小屋の様子を観察する。
見張りの者すら置いていない。
5人の男が小屋に入り、少しして3人が出ていった。
注意深く小屋の周囲を確認すると、そっと小屋の裏手へ近づき、壁に耳を充てて中の様子を伺った。
案の定、中にいるのは先ほど入った内の2人だけのようだ。
それもまだ若く、経験が浅いだろう男たち。
一先ず森へ戻り手頃なサイズの木の棒を拾うと、小屋の入り口に回りこんで、戸を小さくノックして横へずれ、男が出てくるのを待った。
狭い間口は男がひとり通る広さしか無い。
警戒心無く出てきた男の首の後ろを持っていた棒で殴りつけて昏倒させた。
「どうした!?」
もう一人の男が異変を察知して、剣を抜いて戸口に寄る。
ワタシは素早く昏倒している男の腰から剣を抜くと、もう一人を向かい撃つべく戸口から距離を取った。
「なんだお前は……?」
つんつるてんの服を着た白髪の女を認めて男は顔を歪めるが、ワタシが剣を持っていることから警戒しつつ、倒れた仲間を跨ぎ越して外へ出る。
手にした慣れぬ剣の重さといかにもナマクラな刃に不安を覚えたものの、体には十分に経験が染み込んでいた。
男が大振りでかかってきた所を軽く横にずれてかわすと、一撃で屠る剣筋で男のがら空きの首に向けて剣が切り上がる……はずだったが。
「……な、ぜだ…っ」
首の薄皮一枚を切り裂いて剣が走った。
本来ならば致命傷を負わせるはずの一撃が、ブレた。
「ひぁっ! あぶねぇ、あぶねぇっ!」
男は自らの運の良さに感謝しながら、白騎士から距離を取り、今度は油断なく剣を構える。
剣がぶつかり合い、ワタシの鋭い剣先が男に迫るが、男を殺す勢いで振るう剣なのにどれひとつとして致命傷を与えることがない。
焦りと病み上がりの所為で息が切れるワタシと、それ以上に汗だくで真っ青な顔をした男。
男の方も、自分が”運良く”凶刃を逃れているわけではないと気づいてきていた。
くそっ! なぜ剣がいう事を聞かない!
焦りよりも、自分の体が思うように剣を振るわない怒りで、思い切り男の剣を跳ねあげて飛ばすと、男のがら空きになった胴へと渾身の蹴りをぶち込んだ。
不意を突かれた男は蹴りを鳩尾に喰らい、後ろに吹っ飛ぶと後頭部を木の幹に打ち付けて昏倒した。
ぐったりと横たわる男に近づき、剣を振り上げ、昏倒している男の背中に振り下ろした、が、剣先は男の服を割くことすらなくピタリと男の上で止まる。
己の両腕が何かに操られるかのように、殺すことを拒絶する。
「何故だ…なぜ……殺せない…っ!」
絶望的な現状に思わず声が漏れたが、それに対するこたえが返るはずもなく。
何度か昏倒する男に剣を振り下ろし、やはり殺せないのを確認してから、当初の予定通り剣と幾らかの金を男たちから奪って小屋を後にした。