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1.白騎士

 手にした長剣は軽くないが、しっくりと手に馴染み、身軽に整えた皮の防具も日々の手入れのおかげで、体の一部のように馴染んでいる。


 いつだっただろう

 ぼんやりと考える、いつワタシは初めて人を殺したのだろう…確か、ワタシが13の時だから、もう6年も経つか。

 金欲しさに傭兵に志願して、震える足で戦場をよたよた逃げ惑って、目の前にやってきた、敵の軍の…手負いの兵、今にもそのまま死んでしまいそうな深手を負ったその兵、ワタシは恐慌のウチに彼の胸に倒れ掛かるようにして、剣を突き刺していた。

 そんなことをふと思い出したのは、ワタシの剣の前で震えてこちらに剣を向けている少年が居るからだ。

 ガチガチという震える歯の音すら聞こえそうなほど、震えている。

 これが初陣だったに違いない。



 カワイソウニ



 頬に笑みが浮かんでしまう。

 ワタシの前に現れてしまった子羊に、最後の笑みをあげよう。

 笑ってと、言っていたから、ワタシの微笑みをあの人はとても好きだったから。

 急に微笑んだワタシに、少年はぽかんとした表情をする。

 



サヨナラ、幼イコドモ、願ワクバ、君ガ天国ニ逝ケマスヨウニ

 



 胸の中で祈りをささげ、両手に構えていた長剣を一思いに振り下ろす。



――ギンッ――



 不愉快な、刃物のぶつかり合う音と共に、手に鈍い痺れが走る。

 すばやく視線をめぐらせれば、少年の後ろから黒衣が見えたと同時に剣を跳ね上げられる。


「お前が相手にできる奴ではない、切られるしかできないなら、後で隠れていろ!」


 黒衣の男は、少年を乱暴に押しのけワタシの正面に対峙する。

「…それにしても、あんな子供を嬉々として斬るとは、噂通りだな白騎士」

 熊のような男だ。

 戦場に居る奴らなんて大抵、でかい、ごつい、むさい男達ばかり、この黒衣の男も、例に漏れずでかい、距離を取っていても視線が上を向く。

 ワタシは能面のようにした顔で、黒衣の男を見つめ、ふと気が付く。

「お前、黒騎士か」

 ぽつりとつぶやけば、黒騎士は皮肉げに片頬をゆがめる。

「傭兵だけどな」

「ワタシもだ」

 抑揚の無い声で返しながらも、分の悪さを感じる。

 黒騎士の名は知っている。

 万事物事に疎いワタシでも、黒騎士の輝かしい戦歴や、逸話やらはちらほら聞いたことがある。

 200の敵陣をたった一騎で駆け抜け、自国を救ったとか。

 黒騎士の指揮する部隊は戦場で負け知らずだとか。


 一方ワタシなんぞは、格好から黒に対抗して白騎士などと呼ばれてはいるが、そんな逸話など無い、たまたま、こんな派手ななりで、こうして生き残っているから人々の口の端に上る程度の人間だ。


「それにしても、聞きしに勝る美貌だな。 『その微笑を見たとき、天に召される』ってのはそういう意味か。 しかし、子供までその毒牙にかけるのはいただけないな」

 そう言い、ワタシに剣先を向ける。

 いくら軽口をたたいていても、殺気は一切抜けていない。

「戦場なれば、オンナコドモも敵」

 差別はしない主義、目の前に来たのならば、殺すしかない、だって敵なんだから。


 大体、こんな目立つなりをしているから、訳知りの兵士は不用意に近づいてこない、ワタシと剣をあわせるのは、ある程度腕に自信のある奴らばかりだ。

 だから、こんな格好してるのに、ワタシの前に来た子羊が馬鹿だ。


「女子供も敵? そりゃそうだ、あんなガキでも一応は兵士だからな」

 そう言うわりには、納得しかねている顔だ。


「剣を向き合わせれば、それ即ち、どちらかが死ぬという事。 戦いに手加減は無用」

 こうしてあんたと剣を向き合わせているワタシとて、それは同じ。

 死ぬ覚悟ではなく、全力でやりあう覚悟を持っている。

 黒騎士はすっと顎を引き、同意を伝えてきた。


「で、俺には微笑みをくれないのか『戦場の白き死天使』」


 戯言を言う黒騎士に向けて、剣を一閃させる。

 黒騎士は並みの速度ではないその剣を易々と避け、剣で的確に胴を突いてくる。

 腕の長さの差は如何ともしがたい。

 何度も剣がぶつかり合う。

 スピードでは優位に立っているが、力の差が歴然で、じりじりと押されてくる。

 汗がこめかみを伝い落ち、呼吸が乱れる。

 皮の防具の付いていない部分の服に剣先が掛かり裂ける。

 少し気が続かなくなった瞬間、右腕に鈍い痛みが走る。

 ワタシの血が飛び散り、白い皮の防具に血痕が付く。

 やはり、分が悪い。

 すばやく距離を取り、息を吐く。

「どうした白騎士、こんなものか? もっと俺を熱くさせてみろ」

 黒騎士が、にやりと口の端を上げて挑発してくる。


 やはり、もうそろそろ年貢の納め時だろうか、あぁ、長かったな。


 心の中がスッと軽くなり、無表情だった顔に笑みが浮かぶ。

 血の滴る右腕はどんどん力が抜ける。

 左手も添えて、剣を持ち直し、切っ先を黒騎士に向ける。

 願わくばこの一撃で…。


「いざ!」

 ぐっと膝に溜めていた力を解放し、黒騎士の胴を薙ぐように剣を振るう。

 後ろに飛ばれ、さらにそれを追って踏み込む。

「あまいわ!」

 縦にした剣で払われ、踏鞴たたらを踏んだワタシの目の端を、剣が走る。

 踏みとどまらずに、そのまま地面を転がり、剣を避けて間合いを取る。

 手には既に剣は無く、ワタシはただ黒騎士を見つめる。


 もう逃げの一手しかない。


 逃げる…当たり前のように生きる路を模索する自分。



「ふ……ふふふ、は!」

「楽しいか」

 黒騎士が片手で剣をむけたまま、呆れている。


「楽しいなぁ、あぁ、楽しいさ、生きてるって、素晴らしい、なぁ、そうは思わないか、黒騎士」

 そうだろう! この理不尽な世の中で! 身に起こるすべての事象を受け入れて! 生きるために他人を殺して!!

 なぁ!! なぁ! なぁっ!!! 素晴らしくはないか!!

 

 立ち上がり、黒騎士に丸腰で向き合う。

「どうやって、お前を殺そうか。 生きねばならないんだ、お前を殺して、生きねばならないんだ」

 右腕はもう上がらない、痺れて力も入らない。

 だが左手がある、いけるだろうか。

「そうか」

 黒騎士の剣が一閃して、ワタシの左腕を使えなくする。

 まだ、両足がある。

 両腕の出血で白い服がどす黒く染まる。

「生きねばならぬのだ、お前を、殺して」

「哀れな」

 右足に痛みが走るが、まだ立っていられる。


「何がお前を駆り立てる。 そうまでして、どうして生きようとする!」


 左足を持っていかれ、ワタシは無様に地面にひっくり返る。

 だが、ワタシはまだ死してはいない、死んでないんだ。



「あの人が、あの人が望んだのだ!! あたしに! あたしに生きろと!!! だから、死ねない! あたしは死なない!! っあぁぁぁぁ!!!」


 体の中にある、力を振り絞り体をひっくり返し、失くした足で地を踏み体を起こす。

 

 こんなになっても、あたしの中のあの人が生きて欲しいと望むの、優しい微笑みで、最後の瞬間に言った残酷な約束が、少しも色褪せずにあたしの中に生きているの。





「…もう、立つな……」


 戦場が静まり返り、その只中で、血と泥まみれになった白騎士だけが、身を起こし戦おうとのた打ち回る。

 甲高い、悲鳴に似た声が絶え間なく白騎士の口からほとばしり、やがて、切れた喉から血が出る。


 黒騎士は剣を鞘に戻し、白騎士の傍へ跪くと、その華奢な体を抱き起こす。


「白騎士…もういい! もう、いいんだ!!」


 焦点の合わない白騎士の目が、黒騎士の顔を捉える。

 白騎士の血まみれの、修羅のような貌がゆがむ。




「もう、誰も、殺したくないぃぃ…殺したく、ないよぉぉぉ!!!」




 一人の少女の悲痛な叫びが、静まり返った戦場に消えた。

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