油揚げおいしい
真珠を追い返すことができずに、夜になった。
晩御飯は、煮込みうどん。熱いのが苦手な真珠のために、草世は幾分冷ましてから、どんぶりをちゃぶ台に置いた。
真珠は初めて見るうどんに、首を傾げた。
「この白い草は、なあに?」
「草じゃないよ。うどんだ」
「ウドン?」
真珠は不思議な顔をしながらも、箸を持つ。
真珠は好奇心旺盛。初めて見る食べ物に怖気付くことなく、うどんを一本啜った。
「わぁーっ! おいしい!!」
「それは良かった」
草世は安堵し、自分も食べる。
真珠は油揚げを齧った。その途端、両目を大きく見開いた。
「ううっ!?」
「どうした?」
「これっ!!」
「うん。油揚げが、どうした?」
プルプルと震える真珠の唇から出てきたのは、歓喜。
「じゅわっとした汁が出てきたーっ!! 最高においしい! 気に入った!」
やはり狐は、油揚げが好きらしい。
草世は愉快な気分で、うどんを食べた。幸せとはこういうものではないかと、思った。
その夜遅く。強風が吹き荒れた。家がギシギシと音を立てて揺れる。
草世は真珠の様子が気になって、奥の座敷を覗いた。すると、綿布団の上にふかふかの白い毛玉が乗っている。
目を凝らした草世は、笑いそうになった。
「そうか、真珠ちゃんか。本当の姿は、白い狐。綺麗だ……」
体を丸めて寝ている小狐。真っ白な毛並みが艶やかで、美しい。
草世は真珠を起こさないよう足音を立てずに、自分の寝床に戻る。
寝室を真珠に渡したので、草世は薬棚の前にせんべい布団を敷いた。布団に潜り、真珠のことを考える。
そのうち、ふと気づく。
真珠がいる間、元許嫁である絹代のことを思い出さなかった。そればかりか、どうでもよくなっている。
「あんなに悩んでいたのに……」
やっと、過去を手放すことができた。これでようやく、自分の人生を歩くことができる。
草世は目をつぶった。執着から解放されたからなのか、込み上げた涙が目尻を熱くする。
「嫁になりに来たと突拍子もなく現れて、予想のつかないことばかりして……。ひとりじゃないって、いいもんだな」
家の隙間から冷たい風が吹いてくる。体は寒いが、心は不思議と温かい。
草世は何年かぶりに、朝まで起きることなく熟睡した。
◇◆◇
翌日の朝ご飯は、焼き油揚げと雑穀米と白菜のお味噌汁。
いたって質素な食事なのだが、真珠は手を叩いて喜んだ。
「真珠、油揚げだーい好き!! でも、昨日の油揚げとは違うね」
「七輪で焼いたんだ。口に合えばいいが……」
「合うよ! いい匂いがするもん!」
真珠は、焼き油揚げを箸でつまんだ。醤油で味付けをした油揚げの香ばしい匂いに、頬を緩める。
「草世って、お料理上手だね!」
「食べないうちから、上手だなんて言っていいのかい? 食べたら、まずいかもよ?」
「そんなことない! 油揚げは絶対においしい!」
真珠は、焼き油揚げを一口齧った。サクッという音とともに、笑顔が広がる。
「おいしーいっ!! カリカリだぁ! なんで、昨日のとは違うの?」
「昨日の油揚げは煮たんだ。これは焼いたもの。料理の方法で食感が変わるんだ。……ネギは嫌い?」
真珠は焼き油揚げを食べる前に、上に散らせてあった青ネギを箸でピュピュッと飛ばしたのだ。
「うん、嫌い。変なにおい」
「じゃあ、もらうよ」
草世が真珠の皿にある青ネギを自分の皿に移していると、視線を感じた。
草世の皿にある焼き油揚げを、真珠が食い入るように見ている。
「もっと食べたい?」
「あ……でも、草世の分……」
「僕は、そこまで油揚げが好きなわけじゃない。あげる」
「いいの?」
「うん」
「草世、やさしい! 大好きーっ!!」
真珠の曇りのない笑顔。心から喜んでいるのが、手に取るようにわかる。
人間関係に疲れた草世には、真珠の裏表の無さに救われるものを感じる。
「今度、料理を教えて。草世のお嫁さんになったんだもん。料理もできるようになりたい!」
「嫁になったのか?」
「うん」
昨日。人間と白狐は住む世界が違うことや、嫁は欲しくないことを説明した。
真珠は話を聞いていたはずなのに、ちゃっかりと嫁の地位に就いている。
真珠が勝手に言っているだけで、人間と白狐が正式な夫婦になることは法律上叶わない。
(だったら、まぁ、いいか。……って、流されているな)
草世は呆れながらも、不思議と嫌な気がしない。そればかりか、これから真珠とどんな生活が待っているのか、わくわくしている自分がいる。




