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運命の恋

 草世は血止めの薬を処方すべく、再び薬棚に向かった。

 薬棚には、植物の葉や茎や根、薬効がある鉱物や動物の一部分が入っている。


 草世が背中を向けたのをいいことに、真珠はずっと気になっていたものに触ることにした。

 囲炉裏の灰に、指を突っ込む。


「おおっ!? 柔らかい!!」

「ん?」


 振り向いた草世に、真珠は無邪気な笑顔を向ける。


「指の跡がついた!」

「そうだね」


 子供は、大人が思ってもいないことをする。それは狐の子供も同じらしい。

 灰に指を突っ込んだら汚れるし、爪の間に灰が入って厄介。大人の草世にとっては、灰で遊ぶのは楽しいものではない。

 それなのに真珠は手のひらを灰に押しつけ、その跡にきゃっきゃとはしゃいでいる。

 邪気のない笑顔を、草世は可愛いと思った。真珠は表情豊かで、見ていて飽きない。

 薬の代金が木の葉だとしても、許せるだろう。今夜のことは、愉快な思い出になる。

 

(過去の嫌なことを忘れるために、楽しいことを拾っていくというのも、悪くない)


 真珠は灰で白くなった手を着物で擦ると、お茶を飲んだ。


「あったかーい。体がぽかぽかする」

「それは良かった」

「人間って、いいね」

「そうかな……」


 温和な草世の表情に、影がさす。真珠は、目をぱちくりさせた。


「人間、イヤ?」

「んー……生きていると、いろんなことがある。人間もいろいろと大変なんだ」

「ふーん」


 草世は薬包を真珠に渡した。真珠はそれを、首から下げている巾着袋の中に入れた。

 真珠は代金を渡した。

 草世は、お金を指で叩く。金属の音がする。木の葉ではないらしい。


 真珠は立ち去り難いものを感じて、しばらく家の中を見回していた。けれど父のことを思い出し、立ち上がる。

 真珠は土間に降りると、くるりと身を翻した。


「あのね! あなたの名前、聞いてあげてもいいよ」


 草世は目を丸くすると、ぷっと吹いた。


「聞いてあげてもいいか。うん、いいよ。僕の名前は、深広みひろ草世そうせい

「ソウセイね! わかった!」


 真珠は、門口でちょこんと頭を下げた。


「ありがとう。恩返しに来るね!」

「恩返し? 特別なことはしていない」

「お薬をくれた」

「真珠ちゃんはお金を払った。対等だ」

「タイトー?」

「つまり、お金と薬を交換したということ。薬をあげたわけじゃない。だから、恩返しをしなくていいんだ」


 草世としては、気を使う必要はないと言いたい。

 真珠としては、また遊びに来たいと言いたい。


「でも、私……」


 北風が勢いよく吹いて、積もっていた雪を飛ばした。

 真珠の頭にちょこんと生えている狐の耳が、雪の冷たさにブルっと震えた。


(え? 耳が冷たい?)


 真珠がおそるおそる頭の上に手をやると、狐のふさふさ耳に触れた。

 夜のしじまに、甲高い悲鳴が響く。


「きゃあ〜っ!!」

「大丈夫かいっ!?」

「全然大丈夫じゃない!!」


 動揺は、さらなる混乱を招く。変身術が揺らいで、今度は着物の裾から真っ白でふさふさな尻尾がぴょこんと飛び出してしまった。

 二人同時に「あっ!」と叫ぶ。


「違うの!! これは、あの、全然違う!!」

「そ、そうだね! 全然違うね!」

「…………」


 真珠は、ジトッとした目を草世に向けた。


「なにが全然違うの?」

「……君がそれを言う?」


 二人は一瞬、沈黙した。だがすぐに、二人同時に笑う。


「ソウセイ、変!」

「君だって!」

「私のどこが変なの?」

「逆に聞くけれど、僕のどこが変なんだい?」

「私が白狐だと知っても、黙っていたところ」


 草世は心の中で(ただの狐ではなく、白狐なのか)と感動を覚えた。

 草世の知識としては、白狐は吉兆をもたらす霊獣。草世の実家に近くにあった稲荷神社では、神の使いとして祀られていた。


「白狐に会えて、嬉しいよ。訪ねて来てくれてありがとう。お父さんの怪我が早く治るといいね」

「私に会えて、嬉しいの?」

「そりゃ、そうだよ。白狐と会える日が来るとは思わなかった。話せて、楽しかったよ」


 真珠の胸に、ぽわぽわしたあたたかいものが広がる。寒いはずなのに、耳が熱を持っている。

 真珠ははにかみながら、草世を見上げた。


「恩返しに来る! ソウセイを気に入った!」

「そうか。ありがとう」

「じゃあ、また来るね!」


 真珠が元気よく手を振り、草世は戸惑いがちに小さく手を振った。

 真珠は姿が見えなくなるまで、何度も振り返っては、全身を使って大きく手を振る。

 草世は苦笑しながらも、心に流れているあたたかな感情に微笑んだ。


「女の子に手を振ったのは、初めてだ」


 草世は夜空を見上げた。満月は、許嫁と別れた夜を思い出して好きではない。

 けれど、記憶が上書きされる。

 

 ──満月は、可愛らしい白狐の女の子に出会った記念日。


 草世は弾む気分で、家の中に戻った。

 


 草世の姿が見えなくなってすぐ、真珠は狐に戻った。

 月明かりが、白狐の美しい毛並みを照らす。雪のように白く、月よりも神々しい毛並み。


「私が人間じゃないと知っても、ソウセイは怖がらなかった。優しくしてくれた。私に会えて嬉しい。私と話せて、楽しかったって! 私、ソウセイが大好き!!」


 真珠は家に帰ると、家族に宣言した。

 

「つがいを見つけた! 私、ソウセイのお嫁さんになる!!」

 

 

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