二人の時間
草世はうどんをわけると、ちゃぶ台に置いた。
どんぶりから立つ湯気。つややかなうどんの上に乗っているのは、汁をたっぷりと吸ってふくらんだ油揚げ三枚。
「わぁー!! おいしそう!!」
真珠は手を叩いてはしゃぐと、箸を持った。狙うは、黄金色の油揚げ。
真珠は箸を器用に使って油揚げを挟むと、前歯でかぷっと噛んだ。熱々の汁が口の中に流れる。
「熱っ!!」
「出来立てだから。焦らず、ゆっくりお食べ」
「うー、口の中やけどしたぁ」
「水を飲んで」
草世から湯呑みを渡され、真珠は水をごくごく飲んだ。
ほっと一息ついた真珠は、自分のうどんと草世のうどんが違うことに気づいた。
真珠のうどんには油揚げが乗っているが、ネギはない。草世のうどんにはネギが乗っているが、油揚げはない。
「草世は、油揚げ、食べないの?」
「ああ。僕は油揚げよりも、ネギのほうが好きなんだ」
「そうなんだ。私と、ネギ。どっちが好き?」
「ぶっ!!」
突拍子もない質問に、草世はむせた。気管支にうどんの汁が入り、しばらく咳き込む。
「なんで、そんな質問を!?」
「変?」
「うん。変」
「どこらへんが?」
「じゃあ、反対に聞くが。油揚げと、僕。どっちが好きなんだ?」
「どっちも好き」
「なるほど」
そう答えれば良かったのかと、草世は落ち着きを取り戻した。
「じゃあ僕も、真珠とネギ、どっちもいいと答える」
「そうなんだ。今度、ネギに変身できるかやってみる!」
「変身しなくていい!」
「なんで?」
「間違って、料理に使ったら大変だ」
「そうだね」
真珠と油揚げ。草世とネギ。
人間と食べ物を比べるなんて、おかしな質問だと草世は思う。それでも、真珠と会話するのは楽しいと思えるから不思議だ。
真珠は熱々の油揚げに懲りたのか、今度は、「ふーふー」と息を吹きかけた。冷ましてから、油揚げを齧る。
「おいしーいっ!! 草世に出会えて、良かった!」
「油揚げを、たくさん食べられるからな」
油揚げを食べている真珠の頬の動きを、草世はしばらく見ていた。愛おしさが胸にあふれる。
(食べている姿を見て心が満たされるというのは、どういう理屈なんだろうな)
草世は真珠の頬から手元のどんぶりに視線を落とすと、うどんを啜った。
真珠は口の中に入っていた油揚げを食べ切ると、草世をじっと見た。
「油揚げを食べられなくても、草世と出会えて良かったって思う」
「そうなのか?」
「うん」
二人はしばらく無言で、うどんを食べた。すると真珠の黒目が潤み、ポタッと涙が落ちた。
真珠は両手で目元を覆った。
「草世、いなくならないで」
ご機嫌顔でうどんを食べていたのに、急に泣き出した真珠。草世には、わけがわからない。
「いなくならない」
「いつか、いなくなる」
「いつかっていうのは……」
人間と白狐では、命の長さが違う。そのことに草世は考えを及ぼすことができずに、困惑する。
「この先なにがあるのか、なんとも言えないけども。僕のほうから、真珠を追い出すことはしない」
「うん……」
「なにが不安なんだい?」
「草世がいなくなること」
「だから、僕はいなくならない」
真珠は目元を覆っていた手を下ろすと、涙目で草世を見つめた。
「草世が死んだら、私も死ぬ」
「…………」
真珠が言っている「いなくなる」が死であることに、草世はようやく気がついた。
声を振り絞る。
「そんなこと、しなくていい。僕は、そういうことは喜ばない」
「うん……」
真珠は目に溜まっている涙を拭うと、恥ずかしそうに「えへへ」と笑った。
「油揚げも美味しいけれど、うどんも美味しいね」
「あぁ、そうだね」
二人は黙ってうどんを食べながら、同じことを考えた。
──この世に、永遠はない。ずっと、一緒にいられるわけではない。だったら、二人で過ごせるこのときを、大切にしよう。




