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帰りたい家

 白裂しらさきは、痛みにうめいている真珠を冷たい目で見下ろした。


「人間の臭いがする。臭くて、たまらん」


 白裂は、白く輝く妖術を放った。真珠の体が宙に浮き、杉の幹に打ちつけられる。


「痛いっ!!」

「ハハっ! 痛いのは、当たり前だ。お仕置きだからな。おさの息子であるこの俺が、おまえを嫁にしてやってもいいと言っているのだ。それなのに、低俗な人間に入れあげるなど、愚か。いまならまだ、許してやってもいい。謝れ」

「謝らない! 白裂のこと、嫌いだもん!」

「本気か? 村の女どもは、俺と結婚したがっているというのに」


 白裂は理解できないと、首を傾げた。

 白裂は白狐族のおさの息子であり、霊性が高い。しかも見目が良く、毛並みが美しい。

 なぜ真珠が自分を嫌うのか、自惚れの強い白裂には理解できない。

 真珠は杉の幹にはりつけにされたまま、白裂を睨んだ。


「だったら、別な女と結婚すればいいでしょう!」

「俺は、美しい女を妻にしたいのだ。おまえは、俺に選ばれた」

「おまえっていう名前じゃない!」

「気の強い女だ。だが、嫌いじゃない」


 白裂はニヤリと笑った。

 真珠は言うことを聞かない。素直じゃない。だからこそ、屈服させてやりたい。額を地面につけさせ、泣きながら「許してください」と言わせたい。

 白裂は妖術を唱えた。空中に、光る剣が出現した。


「悪い人間に、たぶらかされたのだろう? おまえのその愚かさ、許してやる。謝れ」

「なにを謝るの? 私、悪いことしていない!」

「頭が足りない女だ。これからどこに行こうというのだ? ん?」


 白く光る剣が空中を進み、真珠に狙いを定める。真珠の喉元に突きつけられた、刃先。

 真珠は怯えることなく、手足に力を入れた。


「白裂には関係ない」

「そういうわけにはいかない。俺は、長の息子だ。人間に迷惑をかけている白狐がいるなら、やめさせなくてはいけない」

「迷惑なんてかけていない!」

「使いにやった狐が、教えてくれたぞ。ソウセイとかいう人間は、嫁を欲しがっていないそうだ。一人で生きていくと話したそうじゃないか。人間が嫌がっているのに、おまえは無理矢理に家に居着いた。悪い子だ」

「それは……」


 真珠は目を伏せたが、すぐにキイッと白裂を睨んだ。


「でも私、役に立つ! そしたら、私のことお嫁さんにしてくれる!」 

「おまえは、修行の身。独り立ちしていない白狐が、役に立つわけないだろう」

「だけど、決めたの! 人間を助ける。草世のお嫁さんになる。だからもう、私に近づかないで! 話しかけてこないで!」


 刀の先を喉元に当てているというのに、真珠の気勢が削がれない。怖がらない。

 意志の強い瞳の輝きに、白裂はゾクゾクした愉悦を感じた。


「断る。おまえを気に入っているんだ。人間界に行かせない。私がおまえの面倒を見てやるよ。死ぬまで一生な」

「私だって、断る!!」


 底意地が悪く、残虐な白裂の嫁になど、なりたくない。


(草世に会いたい! 家に帰るからね!) 


 草世がいる場所こそ、真珠が帰りたいと思う家。

 白裂は霊力が高い。正面切って勝てる相手ではない。だが、勝算はある。素早さなら、真珠が上。


 真珠は妖力を極限にまで高めると、白裂に向けて放った。一点集中型の眩い波動が、白裂を襲う。その眩しさに、白裂は目をつぶった。

 二本足でゆらりと立っていた白裂は踏ん張ることができずに、尻もちをついた。

 眩い波動が収まり、白裂の焦点が再び定まったとき──……杉の木には、真珠の姿はなかった。


「逃げたか。さすが、俺が見込んだ女だ。すばしっこい。……ふっ、あはっ、あははーーっ!!」


 白裂はのけぞった。愉快でたまらない。


「馬鹿な女だ。わざと二本足で立ってやったのだ。隙を見せて、逃してやるためにな!」


 白裂はじっとりとした陰気な目で、林の奥を見つめた。


「ソウセイとかいう人間に会ってみるか。真珠が帰る家は、俺のところだ」



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