表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/17

お薬を買いに

 星が凍てついてしまいそうなほどの、寒い冬の夜。

 白い満月が、夜空に浮かんでいる。月の光は帯のように降りてきて、雪の野原を走っている小狐を照らす。


「父が死んじゃう! 人間からお薬をもらって来なきゃ!」


 降り積もったばかりの雪は純白で、狐の毛も純白。夜目が効く者ですら、雪と同じ色をした狐を見つけるのは難しいだろう。

 小狐は村を目指して、一心不乱に走る。

 雪から突き出ている倒木を飛び越えた。だが、長く伸びている枝に右前足が引っかかった。


「わわっ!?」


 バランスを崩して、子狐は左後ろ足を倒木に打ち付けてしまった。


「きゃんっ!!」


 左後ろ足に走った鋭い痛みに、子狐は悲鳴をあげた。ズキズキと痛むが、休んでいる暇はない。

 子狐は、左後ろ足を引きずりながら走る。


「あと三本、足があるもん! 平気! 真珠まじゅ、強い子!」


 真珠は、白狐一族のおさの娘。足が痛いぐらいで、弱音を吐いてはいられない。

 村の明かりが見えた。

 真珠は足を止めると、人間に変身した。



 ◇◇◇



 村のはずれにある、医者の家。

 草世そうせいは友人の手紙を状箱じょうばこにしまうと、低く唸った。腕組みをして、考え込む。


「相談の手紙を送ったら、逆に相談されてしまった。日本各地で、怪異が起きている? 丹野風呂屋で起きていることも、もののけの仕業なのだろうか?」


 草世は、信州にある床支ゆかし村に住んでいる。

 床支村には一軒だけ風呂屋があるのだが、そこの息子である直志なおしの様子がおかしい。そしてそれは、日に日に悪化している。

 直志は、よそ者である草世に親切にしてくれた。その恩を返したいし、友人として助けてやりたい。

 だが、医者としてはお手上げだった。


「医者がこんなことを言うのは情けないが、もののけに取り憑かれている。それが、しっくりくるんだよなぁ」


 草世は、霊感のある友人に相談の手紙を送った。解決の糸口を求めたのだが、友人の手紙には日本各地で怪異が起きている。どうしたらいいだろうと、逆に相談されてしまった。


「僕にわかるわけがない。幽霊を見たこともなければ、人間に化けた狐や狸に会ったこともないんだから」


 風が強く吹くたびに、家がガタガタと鳴る。築五十年以上はたっているこの家は、建て付けが悪い。しっかりと戸を閉めたにもかかわらず、冷たい風が草世の肌に刺さる。

 寒い夜にいつまでも起きているのは、炭を無駄にする。そろそろ寝ようと、草世は立ち上がった。

 すると——……。


 トントン。


 木の鳴る音が響いた。


 トントン。


「お医者さんの家ですかーっ!!」


 元気の良い、女の子の声。

 村の誰かが具合を悪くしたのだろうと、草世は土間に降りた。草履を履いて、玄関戸のかんぬきを外す。


「誰だい?」

「真珠です! お薬をもらいに来ました!」

「マジュ?」


 村に、真珠という名前の娘はいない。近隣の村から来たのだろう。

 こんな寒い冬の夜に大変だっただろうと、草世は急いで玄関戸を開けた。

 寒風と一緒に真珠の白い息が家に入る。


「血を止める薬をくださいっ!!」


 草世は目を丸くした。扉の向こうにいたのは、想像していたよりずっと小さい女の子。

 木綿の着物を着た女の子は、背の高さと幼い顔からして五歳ぐらいに見える。

 草世は、女の子の周囲に視線を走らせた。女の子以外、誰もいない。


「ひとりで来たのかい?」

「はい!」

「どこから来たの?」

「遠くから!」


 真珠は時間がないと訴えるように、足踏みをした。


「父の血が止まらないんです! このままじゃ、死んじゃう! 血を止める薬をください!」

「あぁ、うん。中にどうぞ」


 草世は真珠の勢いに押されるようにして、体をずらした。家に招き入れようとしたのに、真珠は頭を横に振った。


「人間の家……じゃなかった。知らない人の家に入らないよう、言われているんです!」

「だけど、外で待つのは寒いだろう? 囲炉裏に火がついている。中で待つといい」

「イロリ?」

「そう、囲炉裏。あったかいよ」


 真珠は興味津々に首を伸ばして、草世の背後を見た。

 草世は子供が得意ではない。どう接したらいいか、わからない。それでも、子供の瞳が好奇心で輝くのを見るのは好きだ。


「温かいお茶もあるよ」

「お茶!?」


 真珠は驚いた声で繰り返すと、草世の瞳をじっと見た。


「意地悪しない?」

「しないよ」

「お茶に毒を入れたりしない?」

「毒!? そんなことしないよ!」

「ふーん。信じてあげようかなぁ?」


 好奇心が勝つ。真珠は、人間の家に足を踏み入れることにした。

 敷居を跨いだ際に、左足に痛みが走る。

 真珠の小さなうめき声と、眉間に寄った皺を、草世は見逃さなかった。


「君も怪我をしている?」

「なんでわかったの!?」

「医者だから」

 

 真珠の父親は、人間の毒矢に当たった。人間を信用してはいけないと、真珠は思っている。

 けれど、目の前にいる医者は良い人間のようだ。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ