異端審問官トゥルエル
「ふあ……」
私は、欠伸をかみ殺して、学園正門前でセイン様を待っていた。
今日はこれから、セイン様とカフェでお茶をする。今日の模擬訓練のお礼が一緒にお茶っていうのは楽でいいけど……私に特別な感情を向けても、それは受け入れられないのよね。
「……はあ、楽しかったぁ」
セイン様との模擬訓練は、かなり面白かった。
氷、上級属性……魔法は面白い。
私は、自分の手に魔力を漲らせる。
「……魔法。私もヘタクソだけど、使えないこともない。剣技で斬るのが私だけど……もっと強くなるには、この魔力も使えば……もしかして」
可能性はある。
私は、自分の拳をギュッと握りしめた。
すると、こちらに向かって走って来る少年……セイン様の姿が見えた。
「おーい、ヒトフリ令嬢、待たせてごめん!!」
セイン様だ。今日はお供を連れていない。
私は微笑み、セイン様に聞く。
「今日は、お付きの方々はいないのですか?」
「え、ああ……せっかくきみがお茶に付き合ってくれるしね。二人きりで……ダメかな」
「いいえ、大丈夫です。では参りましょうか」
私は、セイン様と並んで歩き出した。
◇◇◇◇◇◇
今日は、いつも通る城下町ではなく、セイン様がよく行く貴族街へ向かった。
そこに、おススメの喫茶店があるらしい……貴族御用達の高いところに決まってるけどね。
案内されたのは、我が家の三倍はありそうな大きい建物。
セイン様は迷わず入ると、執事みたいな男性がキッチリ礼。そして、私たちを席へ案内する。
「ここがお気に入りの席でね」
窓際のテラス席。確かに、町の景色がよく見えるし、いいところ。
紅茶を注文し、お菓子もたくさん運ばれてきた。
「わあ……!!」
クッキー、スコーン、いっぱいのジャム、ケーキ……貧乏な我が家ではあまり食べれないお菓子が、こんなにもいっぱい!!
喜んでいると、セイン様がクスッと微笑む。
「きみも、そんな顔をするんだね。ふふ……さあ、好きなだけ食べて」
「で、では遠慮なく」
こほん。淑女のマナーを守らないと。
前の世界でも、甘味なんてほとんど食べれなかったし……干し肉とか、乾燥野菜に果物とか、血の滴る肉とかはよく食べたけどね。
私はクッキーを手に取り、食べる。
「……っ、おいしい!!」
「あはは、よかった。さ、好きなだけどうぞ」
「はい!!」
抗えない。
んん~……昔の記憶がよみがえっても、今の私は十六歳。甘い物には逆らえないわ。
ケーキ、果物、クッキー、スコーンと食べ、紅茶で一服。
大きなため息を吐き、セイン様にお礼を言う。
「ありがとうございました。美味しかったです」
「よかった。さて……お腹も膨れたし、少し話がしたいんだ」
「はい、構いません」
「ヒトフリ令嬢……イチゴさん、と呼んでいいかな」
「ええ、構いません」
「では、イチゴさん……その、きみに」
「おや? おやおや? そこにいるのは、イチゴくんではないか」
セイン様の言葉に被せるように、私たちのテラス席の後ろに座っていた少年……アレイスターが声をかけてきた。
「……あなた、何してるの」
「んん? そりゃもちろんティータイムさ。僕は紳士だからね、ここの茶葉の香りに引き寄せられて入ったら、たまたまきみたちが僕の席の前に座った。それだけのこと」
胡散臭い。セイン様が硬直しちゃった。
と、いうか。
「ははは、きみは実に美味しそうに食べるねぇ。まるで淑女のようだ」
「…………」
アレイスター。
この人、かなり美形ね……セイン様もかなり美形で、クラスの女子がキャーキャー言うけど、たぶんセイン様よりも美形。
作り物みたいに整った顔立ち、青い瞳、輝く銀髪。白系の服がこうも似合う男なんて、私の人生でもいなかった。
というか、あの銀髪の子は……と思ったら、アレイスターは銀色の本を見せてきた。ああ、人型じゃなくて神器の姿なのね。
「さてさて。楽しいお茶の時間も終わったことだし……おやおや?」
「なに?」
「いや、客人のようだ」
次の瞬間、アレイスターの席に無数の『光の矢』が突き刺さった。
私は瞬間的に椅子から飛び、テーブルを飛び越えてセイン様を押し倒す。
「な、なな、な、いい、イチゴさ」
「セイン様、ここは危険です」
テラス席から外を見ると……右手に金色の弓を持った、背中に翼が生えた眼鏡の女性が浮かんでいた。
頭には光の輪が浮かび、どういうわけか浮いている。
セイン様は真っ青になり、ガチガチ震えだした。
「いい、い、い、いたん、異端審問官……っ」
セイン様が、恐怖していた。
私にもわかる。この女……強い。しかも、恐ろしく。
視線を巡らせていると、眼鏡の女が私を見た。
「あなたは、トゥルエルに任せてあるので~」
「え……?」
すると、いつの間にか私の傍に立っていたアレイスターが笑っていた。
「はっはっはっはっは!! いやあ、天上人のご挨拶は光の矢か。おかしいなあ……僕はまだ、この神の世界で事は起こしていないはずだがねぇ?」
「そうねえ。でもあなた、存在自体が危険なのよ。神器の所有者であり、異端者である。更生の余地もなさそうだし……」
「殺すのかい? いやあ、それはやめた方がいい。きみの上司は許したのかい?」
「……さあねぇ」
「はっはっはっはっは。やれやれ、まあいい。天上人の調査もいずれしなきゃと思っていたし……少し早いが、サンプルをもらおうか」
すると、ドロリと白濁の液がアレイスターを包み込み、白銀のコート、ガイコツの仮面、帽子を被った姿に変身した。
スカルフェイス。アレイスターはそう言っていたっけ。
「イチゴくん。どうやら、二週間後なんて言ってられないねぇ。僕だけじゃなく、キミも狙われているようだ」
「え……」
ゾッとした。
私はセイン様の襟を掴んでその場から飛びのく。すると、私が立っていた場所に大きな『光の槍』が突き刺さり……。
「っぎゃああああああ!!」
セイン様の右足、右腕が触れ、一瞬で焼けた。
間に合わなかった。幸いなことに肉が焼けたおかげで血は出なかった。
私はセイン様を引きずり、近くの椅子に座らせ、椅子を蹴って遠くに押しやった。
そして、オウマの柄に手を添える。
「……異端者め」
「あなた、誰?」
白いコートを着た女の子だった。
口元を隠しているせいで顔がよく見えないが、手には金色の槍を手にしている。
少女は、フンと鼻を鳴らして言う。
「『管理者』所属、第三級異端審問官トゥルエル。この神の世界を管理する者として、異端者……お前を消す」
「……そう。敵なのね」
なぜだろう。
私は、笑っていた。
アレイスターも笑っている。
建物がボロボロだし、綺麗なティーカップも割れ、部屋がめちゃくちゃだ。
セイン様は右腕、右足が消し飛んだし、今手にあるのはオウマの一部で、オウマの力は感じない。
敵は人の姿をしているが、あの光に触れるのは危険だとわかるし、あの槍……この世界にはない《刃》だし、わからないことがいっぱいある。
それでも、私は笑っていた。
「……なにがおかしいの」
「さあ? ふふ、ふふふ……ねえ、あなたのこと……斬っていいの?」
「……異端者め!!」
私は、私の世界にいなかった『未知なる敵』を前に歓喜し、全力で殺すことにした。




