新しい『杖』
「おはようございます、お父様、お母様」
「ああ、おは……」
お父様、お母様が驚き顔になる。
それもそうね。だって……私は制服を着て、腰にベルトを巻き、そこに二本の刀を差しているから。
お父様が怪訝な顔で言う。
「……それは、杖か?」
「ええ。昨日、折れてしまったので……新しい杖を、その日のうちに」
「……見たことがない杖だ。どこで買った?」
「いつものお店です」
適当に言い、席に座る。
まあ……怪しむだろう。真っ黒な杖なんて気持ち悪いだろうし。
そもそも、この『六天魔王』は、柄も鍔も鞘も、刀身も真っ黒だ。これまで使っていた木刀みたいな杖とは全てが違う。
私が語るつもりがないと気付いたのか、お父様は小さくため息を吐く。
お母様は、終始無言だった。それもそう……だってお母様は、私に興味がない。
今、家を出て王城の魔法騎士として働く兄上、姉上にしか興味がないのだ。
食後、お父様が静かに言う。
「イチゴ。第一王子セイン様の茶会に誘われ、断ったそうだな」
「ええ、杖が折れてしまったので、新調するためにやむなく。魔法騎士であるお父様には理解できますわよね? 杖は魔法師にとって命の次に大事なもの。肌身離さず持ち歩けとお父様から教わりました。なので、セイン様には申し訳ないことを」
「う、む……まあ仕方ない。いいか、次に誘いが来たらきちんと受けろ」
「わかりました」
『クク、受けるつもりなんてないくせに』
オウマが言うが無視。オウマの声は、私にしか聞こえない。
朝食を終え、私はオウマを腰に差し学園へ向かった。
歩きながら、オウマは言う。
『歪な世界だ。どこもかしこも「斬る」ことを知らないなんてな』
野菜を魔力で包んで砕くのが、この世界の常識だ。
ロープも千切るし、家を建てる時の木材や石材も魔力で加工する。
ナイフもない、剣も槍もない。魔法騎士も全て、魔法で戦う。
「魔法か……」
『イチゴ。オマエ、魔法は?』
「無理。魔力こそ流れてるけど、属性を持ってないからね……でも、オウマがいれば安心でしょ」
『ま、そうだな。でも……忘れんなよ、異端審問官こと天上人は、異端者にとって死神みたいな存在だ』
「異端者って?」
『秩序を乱す連中だ。この世界は神の管轄。天上人にとって絶対的な神の世界を乱す奴は、絶対に許さねぇってこった。そもそも、神なんて一度も現れてねぇけどな』
「ふーん……まあ、どうでもいいわ。敵が来たら斬るだけ」
『いいね、オマエらしいぜ、イチゴ』
「……イチゴね。あなた、それでいいの? 昔の名前もあるけど」
『今はイチゴだろ。いい名前じゃねぇか』
軽口を叩きながら、私とオウマは学園へ到着。
教室に入ると、やはり注目された。
「なに、あれ」「杖……だよな」
「真っ黒じゃん……」「昨日ので壊れたのか?」
ヒソヒソ声が聞こえる。みんなオウマを珍しがっているようだ。
私は小声で言う。
「今日も模擬訓練があるから。久しぶりにオウマ、振るわせてもらうわよ」
『いいね。でもいいのか? 俺を振ったら目立つぜ?』
「だからなに? 別に、目立ったところで関係ないわ」
それから授業が始まった。
午前中は座学。
「えー、属性とは、我々魔法師が持つ、魔力とは異なるものです」
授業を聞きながら、イチゴは自分の長い黒髪をいじって小さく言う。
(オウマ……封印されてたって言うけど、どこにいたの?)
『俺が目覚めたのは、オマエがこの世界で赤ん坊として生を受けた時だ。それまでは、国の外にある森に放置されていた』
私は驚き、オウマに触れた。
「地水火風の基礎四属性、そして上級属性である光闇氷雷。皆さんの多くは、この中の一属性を見に宿している。その属性を使いこなすことが、皆さんがこの学園で学ぶ意味でもあります」
『普通、オマエが死ぬと所有権は消えるんだが……転生の場合、所有権はオマエに残ったようだな。まあ、見てくれはボロだし、森に放置で誰も来ねえし……仕方ねえから、オマエの成長を待ちながら、できることを増やしたわけだ』
授業と、オウマの声を同時に聞く。
「魔法騎士とは、この国に仕える最高戦力であり、魔法師にとっては誉ある職業です。多くが貴族で校正され、この国を守る象徴でもあり……」
『とりあえず、身体を分解するのと、人間に化けられるようになった。んで、オマエの記憶が戻ったら接触しようと思ってた』
(そっか……お疲れさま)
『大したことネェよ。それより……午後は模擬訓練だよな。どこまでやる?』
(とりあえず、技をいくつか繰り出してみる。十六歳の華奢な身体で、どこまでできるか……)
私は、かつての自分を思いだし、脳内で反芻させはじめた。
◇◇◇◇◇◇
午後、イチゴはオウマを手に演習場にいた。
今日は別クラスとの合同授業。
伯爵令嬢の件でクラスメイトは近づいてこないけど……一人、近づいてきた。
「やあ、ヒトフリ令嬢」
「セイン様」
第一王子セインと、その取り巻きたち。
みんな杖を手にしている。短い、片手で持つ指揮棒みたいなので統一しているわね……王子の取り巻きだから統一したのかな?
セイン様は、私の腰にあるオウマを見る。
「杖を新調したんだね。黒……」
「ええ。昨日、折れたので」
「うん、似合ってる」
「──ありがとうございます」
オウマを褒められるのは嫌いじゃない。つい、子供みたいに微笑んでしまった。
セイン様も照れてしまい、そっぽを向く。
そして、取り巻きの一人が私に杖を突きつけた。
「おい貴様。訓練相手を探しているようだが……私が相手をしよう」
「え、いいんですか?」
「あ、ああ」
つい喜んでしまった……実験台が来てくれた。
私はオウマの柄に触れ、王子の取り巻きさんに言う。
「では、始めましょうか。ああ……全力で構わないので」
「チッ……いいだろう」
私と取り巻きさんは舞台に上がる。
そして、審判役の教師が言った。
「では、模擬訓練を始める。ルールは……」
「降参するまで。それでいいな、ヒトフリ令嬢」
「ええ、構いません」
「わかった。では……模擬訓練、開始!!」
「ハッ!!」
開始と同時に、取り巻きさんが杖を向け、火球を放ってきた。
火属性……思いつつ、同時に横っ飛びで火球を躱す。
「逃げるだけなら誰でもできる。貴様に、セイン様の隣が相応しいか確かめてやる!!」
「それはどうも」
身勝手な確認作業が始まったわね……別に、セイン様なんてどうでもいいんだけど。
でも、私は嬉しかった。
「オウマ」
『おう。へへ、久しぶりにやるか』
「ええ」
私は、飛んで来た火球を真正面から見据える。
そして──抜刀。火球を両断し、鞘から抜いた『六天魔王』を見せつけるように掲げた。
「なっ……私の火球を、何をした」
「斬っただけ」
「きる? きるとは、なんだ?」
「両断、断裂、一閃、分断、斬撃」
「?????」
言葉の意味が全くわかっていない……改めて、本当に『斬る』ことを知らないのね。
『知らねぇというか、概念がねえんだよ。仮に、オマエが包丁を作って野菜を切ろうとしても切ることはできねえ。この世界に『斬る』ってモンは存在しないからな。俺みたいな神器は別としてよ』
(ふーん。まあ……いいけどね)
私は切っ先を突きつける。
刃物を突きつけると、素人は大抵、怯えたりするのだが……これが『斬れる』ということを理解できない取り巻きは、杖を突きつける。
「面白い、かかって来い!!」
「──まずは、軽めに」
納刀──そして、私が編み出した剣技、その技の一つを使う。
取り巻きさんも、特大の火球を生み出し、私に向けて放った。
私は抜刀し、オウマを振り抜いた。
「『鳳凰印』!!」
抜刀による斬撃は、火球を分断。
衝撃破が取り巻きさんを直撃し、そのまま演習場の壁に激突した。
私は刀を鞘に納め、腕の具合を確認する。
「……よっわ」
『クハハッ、全盛期の何十分の一だよ? 貧弱になっちまったなあ?』
「……うっさい。でも、学生ならこれで十分でしょ」
今の私は、かつての数十分の一くらいの力しか出せない。
でも……久しぶりに振るった刀は、私に爽快感を与えてくれた。
◆◆◆◆◆◆
イチゴの斬撃を、遠くから見ていた影があった。
「……異端を発見」
それは、白いコートの女。
手に白いイカズチを宿し、敵意を見せる。
だが、次の瞬間。
「駄目ですよ、トゥルエル」
「……ザミエル」
眼鏡を掛けた、白い法衣の女だった。
手には書物があり、大事そうに抱えている。
白いコートの女ことトゥルエルは、手に白いイカズチを宿しながら言う。
「あれは異端。斬撃は、この世界に存在しない。あれは……消すべき」
「そうね。この神の世界に、異端は必要ありません。消すべきではある……ですが、あの子の持つ『刀』を見た? あれは『六天魔王』……神器です」
「……回収する」
「ええ。そうですね……それに、私の方も忙しいので」
「……ザミエルも、異端?」
「ええ。あの黒い子……イチゴと同じ。異端が現れました」
ザミエルは、イチゴのいる場所とは反対側を見た。
トゥルエルは、イチゴを見る。
「この世界に、異端は必要ない」
「我ら、異端審問官は、神の使徒である天上人」
「アーメン」
「アーメン」
トゥルエル、ザミエルは祈りを捧げると、背中から白い翼が現れ、頭部に光の輪も現れた。
「ではトゥルエル、後程」
「うん……ザミエル」
二人の天上人は、『異端』を狩るために動き出した。




