キレる
不思議だった。
「…………オウマ」
『ああ、キレてるな』
異端審問官が、私の足元に何人も転がっていた。
全員、四肢を切断され首を両断した。
不思議と、負ける気が……というか、勝ち負けじゃない。
「な、なんだ、こいつ」
「神器……神がヒトに与えし奇跡。なんて力……」
異端審問官……何級だろう?
少なくとも、三級以上。でも……この人たちは、私を殺せない。
不思議だった。本当に……理解できない。
「ねえ、あなたたち……もっと強いヒト、いないの?」
「なに?」
「弱いわ。もっと、もっと……私が斬れないくらい強いヒト、いないの?」
『イチゴ』
「わかってる。別に殺人衝動が起きたわけじゃない。事実を確認しているだけ……」
欠けた仮面、素肌の見えている右目で異端審問官たちを見る。
全員、怯えが見えた。
双刀を手に、だらりと力を抜いているだけなのに……それだけなのに、誰も襲ってこない。
異端審問官……数は二十以上、いやもっといる。でも、でも……弱い。
「来て、私と……斬り合いましょう?」
そう言うと、異端審問官たちの後ろから一人の大男が現れた。
「下がれ。こいつは、お前たちでは対処できん」
「ウリエル様……」
ウリエルと言われた男が前に出て、頭のリングを輝かせ、八枚の翼を広げた。
手には黄金に輝く槌。大人十人くらいでも持てるかわからない大きさで、それを片手で持ち、私に向かって突きつける。
「貴様……『八極星』の一人、『木星』のユピテル様を殺害した異端者だな?」
「ええ、そうよ」
周囲が凍り付いたような気がした。異端審問官たちが愕然としている。
「う、ウリエル様……それは、どういう」
「後に、天上界でも発表があるだろう。原初の天上人である『八極星』の一人が、殺された……そこの異端者に」
「う、嘘ですよね……不滅の、『八極星』が……」
「し、死んだ、なんて」
「事実だ。受け入れよ」
私を無視して、異端審問官たちがどよめく。
膝をつく者もいれば、涙を流す者もいる……私としては、不老不死とか不滅とかなんてあり得ないと思ってるし、むしろ私が殺したから何とも思わない。
ウリエルは言う。
「貴様の目的は何だ。『火星』アイレース様の殺害か?」
「それは、私の役目じゃない。そうね……復讐に付き合ってるだけなんだけど、私の世界を勝手に滅ぼした天上人や、勝手にこの世界に連れて来て『管理する』とか抜かす天上人は、殺そうと思ってる。大元が『八極星』なら……全員斬るのもいいかもね」
ウリエルに刀を突きつけると、歯を食いしばって叫んだ。
「ほざけ人間風情が!! 貴様は……ここで殺す!!」
「フン。天上人風情が……誰が、誰を殺すですって?」
ウリエルが大槌を振り回して向かって来た。
私はウリエルを斬るべく、刀に力を込めるのだった。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
ハイドは、右拳を『エレクトロンアーム』へと変形させ、左手を『レールガン』に変形させる。
両足の噴射港から火を噴いて跳躍し、レールガンを連射する。
「『月護』」
アルシエノが杖を振るうと、薄紫色の光が球体となって包み、弾丸を防御する。
ハイドは舌打ちし着地、直接殴るべく右腕を帯電させて接近。
拳を振るうが、杖で受け止められた。
全力で放電もしたが、ダメ-ジがない。
さらによく見ると……アルシエノの武器は杖でも錫杖でもない、『鍵』だった。
「ねえハイド。なんでわたしがあなたの両親を、故郷を滅ぼしたと思う?」
「……あ?」
「理由は簡単。わたしね……ハイドの世界が、大嫌いだったから」
嬉しそうに、両手を広げてアルシエノは言った。
仮面からでもわかる。アルシエノは喜んでいる。
「月のない世界なんて、地獄だった……あの世界での私は力がなかったから、普通の人間として、あそこで生きるしかなかった」
「……」
「でもね、ある日……アイレース様が来てくれたの。わたしにこの子、ムーンライトを与えてくれて、わたしの世界にあった『月』を、あの世界に持ってきてくれた。わたしは……やっと、生きることができた」
「ふっざけんな……お前は、普通の女の子だったじゃねぇか。オレと一緒に遊んで、マキナのことも妹みたいって言って、オヤジや母さんにだって好かれていたじゃねぇか……!!」
ハイドが胸を抑えて言う……アルシエノと違い、苦しんでいた。
だが、アルシエノは「あはは」と微笑む。
「ぜんぶ嘘に決まってるじゃん。わたし、絶望していたんだよ? わたしは、わたしの世界で『月の巫女』だったのに……信者を大勢『生贄』したことで、異端者とされた。しかも、この世界じゃなくて、分子世界の一つに送られた……それが、あなたの世界」
「……」
「ハイド、わたしね。いい子なんかじゃないの。月のために大勢を生贄にした悪い子なの。そして……それが、今でも間違ってないって思ってる」
「生贄……」
ハイドは、ブルリと震えた。
アルシエノは頷く。
「わたしの世界ではね、月は神聖な世界。そこには神様が住んでいるって。年に三回、神が舞い降りる日があって、その日に月の神はヒトを喰らうの」
「……は?」
「『月神』……わたしは、選ばれた巫女。月神のために祈り、生贄を捧げ、舞を奉納し、また祈る。わたしの人生は月神と共にあるの。だから……この世界にある新たな月にも、生贄を捧げないといけないの」
「……おまえ、まさか」
「うん。アイレース様はね、『好きにしていいよ』って。ふふ、この『火星』の大地のヒトたちを、わたしの信者にして……その魂を月に送る。ねえハイド……わたしさ、ハイドがいてくれたら、すごく嬉しい」
「……何を」
ハイドは拳を構えるが、アルシエノは変身を解いた。
手には鍵があり、それを弄び……ハイドに突きつける。
「ねえ、ハイド。わたしのために、わたしの幼馴染として……力、貸して」
アルシエノが近づいて来る。
ハイドは動けなかった。そして、変身が解け……ほんの二メートル先にいるアルシエノが、ハイドの胸に鍵を近付けようとしていた。
このままでは、まずい。だが……ハイドの身体が動かない。
そんな時だった。
「『双睛断』!!」
二人の間に割り込んだイチゴが、アルシエノの『鍵』を叩き斬った。
だが、鍵には傷一つ付かず、地面に転がる。
鍵は紫色の煙となり、アルシエノの傍でヒトの姿になった。
「……いたい」
「ムーンライト、大丈夫?」
「うん。あいつ、きらい」
ムーンライトと呼ばれた少女は、イチゴを指差す。
そして、アルシエノもまた……ハイドに向けたのとは種類の違う殺意を向けた。
「邪魔ねぇ……死にたいのかな?」
「……それ、こっちのセリフなんだけど」
イチゴもまた、強烈な殺意をアルシエノに向ける。
そして、ハイドに言う。
「ハイド。結果的には、あなたがこいつを殺せればいいのよね」
「……イチゴ、お前、何を」
「だったら、私がこいつを半殺しにするわ。手足を落とせば、大人しくなるでしょ」
刀を向ける。
アルシエノは面白そうに微笑み、鍵をイチゴに向けた。
「あなた、ウリエルは?」
「あの大きなヒトなら、バラバラにして殺したわ」
「ふ~ん……まあいいわ。じゃあ、今日はここまでね」
紫色の煙が、周囲を包み込む。
そして、アルシエノが言った。
「バイバイ、ハイド。また会おうね」
「アルシエノ──……」
一瞬で煙が消え……そこにはもう、誰もいなかった。




