魔刀オウマ
伯爵令嬢は重症だった。
後で聞いた話だけど……もう怯えがすごくて話もできないらしい。さすがにちょっと悪いことしたかもしれない。
ただの女学生に、殺意をぶつけるとああなるなんて、少し考えればわかったはずなのに。
それに……教室にいる人たちも、私と目を合わせないし。
(まあいいや。それより……あの光るヒトはこの世界での転生を罰とか言ってた。たぶん……剣士であり、斬ることが生き甲斐だった私が、斬るという概念がない世界で一生を終えることが罰って意味なんだと思うけど……甘いや)
概念なんて関係ない。
私は剣士。刃がなくても、刃物がなくても、斬ることはできる。
そもそも……勝手に来て、私を殺して『罰を与える』なんて、身勝手だし傲慢すぎる。
(見てるのかな。光るヒト……次、会うことがあったら負けない。でも……)
腰に視線を落とす。
いつもともにあった愛刀。あれがあれば、斬ることはできる。
(『六天魔王』……オウマは、あの光るヒトのことを知ってた。私がこの世界に転生したみたいに、どこかに封印……ううん)
そんな都合のいい話はたぶんない。
私はため息を吐く。今は授業中だし、考え事をするのにはもってこい。
(これからどうしようかな。家を出る? そういえば冒険者とか言ってた。刀……斬る道具をどこかで手に入れないと。なければ作る。スプーンやフォークはあるし、鉄の精製技術はあるはず。それを利用して……)
この日は、考え事だけで一日が過ぎるのだった。
◇◇◇◇◇◇
授業が終わり、私はカバンを手にして立ち上がった。
伯爵令嬢のことが一瞬だけ気になったが、すぐ考えるのをやめた。相手は私を『死ね』って言ってたし、自分が死ぬ覚悟……いや、ないかな。
すると、教室の前が少し騒がしくなった。
「ああ、見つけた」
身長の高い男子生徒だ。
サラサラの金髪、整った顔立ち、そこそこ鍛えてある身体……この学園でトップクラスの実力者でもあり、私のいるこの国の第一王子、セイン様だ。
理由は不明だけど、なぜか私のことが気になるらしい。記憶を取り戻す前も、なんで私なんかを気にしているのか全く理解できなかった。
セイン様は普通に近づいて来る。
「ヒトフリ騎士爵令嬢。手紙、読んでくれたかな……お茶会の誘いなんだけど」
「ああ、申し訳ございません。謹んでご辞退させていただきます」
周囲がどよめく……特に女子。
セイン様は少し困ったように微笑む。
「そっか。じゃあさ、一緒に魔法訓練でもしないかい? それに、きみに予定があるなら付き合うけど」
「いえ、大丈夫です。セイン様、どうか私のような下々の令嬢より、あなたに相応しい令嬢に時間をかけることをご提案しますわ」
とりあえず、貴族令嬢っぽく喋るけど……なんか胡散臭い感じになってしまった。
すると、王子の取り巻きの男子が言う。
「貴様、セイン様がこれほど誘っているのに断るとは何事だ!!」
「申し訳ございません。しかし……これは、王子としてのご命令なのでしょうか。それならば従うしかありませんが……」
「いや、そうじゃない。ぼくの個人的な誘いなんだ。ヒトフリ令嬢……迷惑をかけたね」
「申し訳ございません。セイン様、またお時間がある時に」
微笑むと、セイン様は恥ずかしそうに微笑んで行った。
とりあえず、面倒ごとは避けられたかな……ああ、せっかくだし、伯爵令嬢のお見舞い行くようにお願いすればよかったかな。
すると、視線が集中する。
「殿下の誘いを断るなんて」「あの子、何様よ」
「でも、なんか怖い」「変人ね……」
いろいろ言われてるわ……はあ、さっさと帰ろっと。
◇◇◇◇◇◇
帰り道、考え事をしながら歩いていた。
記憶を失う前も、ずっと同じ道を通って帰っていた。だから……私は、道を間違えない。
人気のない通りを歩く。
路地裏を通り、完全に人の気配を感じなくなり……私は、カバンを地面に落とす。
そして、路地裏に立てかけてあった掃除用のモップを手に取り、柄の部分だけにした。
「お粗末な尾行ね。でも、気配が消えたり現れたり……ヒトじゃないわね」
今、戦えるのか?
今は十六歳の身体。私が自分の剣技が『完成した』と感じたのは、三十代後半くらい……この未熟な身体で戦えるのか。
だが、今、私は尾行されていた。
貴族令嬢。攫って売り飛ばすのか、身代金を要求するのか……『使い道』はいくらでもある。
でも……黙って従うほど、私は優しくない。
私は、路地裏の壁に寄りかかる男を見た。
「……へへ」
変な男だった。
私と同じ黒髪、ややクセッ毛で顔が隠れているせいか目が見えない。ピアスを開け、服装はどこか野外活動とかしているような、シャツにブーツにジャケット、そしてグローブだ。
年齢は、十六か七か……見た感じ、若そうに見える。
「身体は未熟になっちまったが、感覚は鈍ってねぇな」
「誰? あなた……」
「ハッ」
男が黒いモヤに包まれ消えた。
「ッ!!」
そして、私の頭上に何かが落ちて来た。
私はその場から飛びのき、モップの柄を一閃……だが。
「ッ!?」
斬れた。
モップの柄が、綺麗に『両断』されてしまった。
黒いモヤが形になり、地面に突き刺さる。
「──……ぁ」
それは、美しい濡羽色の『刃』だった。
交差するように刺さっていたのは、二本の刀。
『久しぶりだなぁ、愛しのご主人様よぉ』
「……オウマ」
半生を共にした愛刀……『六天魔王』ことオウマが、地面に刺さっていた。
信じられなかった。
手に取り、双刀を交差させ構えを取る。
「……本当に、オウマなの?」
『おう。と言っても……つい最近まで封印されてたんだがな』
「……っ」
腰にモヤが纏わりつき、ベルトと鞘になる。
私はオウマを鞘に納め、身体を震わせた。
『久しぶりだな、ご主人様』
「……そうね。馬鹿」
『ああ? んだよ、馬鹿って』
すると、オウマが再びモヤになり、ヒトになった。
ニカっと微笑むと、私の背中をバシッと叩く。
「どうよ。六天魔王、人間モード」
「……あなた、変身できるようになったの?」
「まあな。さっきも言ったが、長く封印されてたんだよ。それに関して話が必要か?」
「当然。私も、今朝記憶を取り戻したの。オウマ……私は、存在したのよね?」
「あ?」
「この世界は、何? 私の知らない世界。私、貴族令嬢なのよ? それに……」
「斬るって意味を知らねぇ世界だろ。ったく……天上人め、エグい世界に連れてきやがって」
「……説明」
「ああ。と……とりあえず、家に帰れ。あとで部屋に侵入するからよ。窓開けておけよ」
「ええ、わかったわ」
オウマは「じゃあな」と言ってモヤとなって消えた。
誰もいない路地裏で、私は。
「……ぅ」
一人、涙を流すのだった。
◇◇◇◇◇◇
その日の夜。
部屋の窓を開けておくと、オウマが入って来た。
というか……黒いモヤが窓から入って来て、部屋の中でオウマとなった。
「色気のねー部屋」
「入るなり失礼ね。で、いろいろ教えて」
「へいへい」
入るなり、オウマは窓際の椅子を掴んで座った。
私も対面の椅子に座る。
「まず、オマエは間違いなく死んだ。それは事実だ」
「……そう」
「まあ、八十超えたババアだったしな、言っても意味ねぇから言わなかったけど、あの時のオマエ、全身に悪い腫瘍あって、あと数日の命だったんだぜ」
「そうなの? で?」
「相変わらずそっけねーヤツ。ククク」
オウマは胡散臭い笑いをした。そう……こいつは、こういう笑いをする。
私も思わず笑ってしまう。
「オマエをこっちの世界に送ったのは天上人っていう、世界の管理者だ」
「……世界の、管理者?」
「ああ。世界ってのは広くてな、オマエがもともといた世界は、争いの絶えねえクソ世界だった。天上人はあの世界を見限った……争いが永遠と続く、未来のない世界としてな。だから、天上人が現れた」
「……」
「イチゴ。お前はあの世界でも異端だ。ヒトの魂のくせに、神の如き存在感を放っていた。たまーにいるんだよ……そういう魂を持つヤツが」
「私が?」
「ああ。そいつらは基本、輪廻転生の輪に入れねぇ。そういう魂が向かうのがこの世界だ」
「この世界、って……ここ?」
今、私のいる世界。
斬るという概念が存在しない世界。
「この世界は、天上人を支配する『神』の世界だ。ここでは、お前の世界とは比べ物にならない過酷な環境だ。魔獣、魔法、普通では考えられない物理法則。そういや授業で異端審問官の話聞いたか? あれは天上人の組織だ」
「え……」
「ククッ、天上人に眼ぇ付けられたら終わりだぜ? あいつら、この世界じゃ無敵に近い」
オウマは楽しそうに笑い、テーブルに足を乗せた。
私はそれを払いのける。
「……この世界のこと、理解した。で……私はどうすべき?」
「普通に学生やって、王子様とケッコンして、子供産んで、幸せに暮らせば? ババアになって、孫たちに囲まれて『幸せでした』って人生送って死ねば、お前の真っ黒な魂も浄化されて、輪廻転生に戻れるだろ」
「……冗談よね」
「冗談だ。ま、選択肢の一つだ」
オウマはケラケラ笑う。ムカついたので立ち上がり、頭を叩いた。
「いってえ……叩くなよ」
「うるさい。でも……せっかくあなたが戻って来たんだし、斬ることのできないこの世界を楽しむのも悪くないかも、って考えてたのよね」
「ほー……」
「とりあえず、オウマ。あなたは今日から私の『杖』ね」
「いいぜ。ククッ、ご主人様が死ぬまで、俺はオマエの剣であるぜ」
オウマはモヤとなり、テーブルの上には二本の刀があった。
私はそれを手に取り……一番気になったことを聞いた。
「ねえ、オウマ」
『あん?』
「あなた……何者? なぜそんなに詳しいの?」
僅かに敵意を込めると、オウマは「ははっ」と笑った。
『俺は、神が創造した七つの武具の一つ、『六天魔王』だからさ』
「……え、神様の、武器?」
『ああ。他にも六つ、俺みたいに意思を持つ武具があるぜ。たぶん所有者は全員、イチゴ……オマエみたいに頭ブッ飛んだヤツだ』
その話を聞いて私は……何故か胸が高鳴るのだった。




