斬ることが人生
私はいつのまにか変身を解き、目の前の男を見ていた。
優男……緑色の法衣、エメラルドグリーンの髪と瞳。鍛えているようには見えない身体。そして何よりムカついたのは……目。
どこか、憐れむような、慈しむような、可愛い物を愛でるような目。
それが無性に気にくわず、刀を向ける。
「こらこら、危ないじゃないか」
この、怒ってもなければ、憎しみも恨みもない声。
困ったような、引っ掻いた猫を叱るような、そんな声色。
切断した指から黄金の血が流れたが、すぐに血は止まり、さらに指が一瞬で生えた。
「うーん、立場上、私は天上人としてキミのような異端者を何とかしなくちゃいけないんだけど……正直、私はそこまで興味がないんだ」
「……は?」
「だって、異端者といえど人間。慈しみ、愛でるべき存在じゃないか。ふふ……かわいいなあ」
ゾッとした。こいつは……本心で言っている。
かわいい。私が……指を切り落とした私のことを、かわいい?
あまりにも気持ち悪く、つい言ってしまう。
「……気持ち悪いわ」
「おや、そうかい? はは、でも事実さ。なあ……やめないかい?」
「……何を?」
「こうしよう。私は何も見なかったことにするよ。だから、もうやめてお帰り。お腹も空いたろう? 何か欲しい物はあるかい? 疲れているだろう? ゆっくり休むと──」
私は一歩踏み出し、ユピテルの首を斬り落とそうとした、が。
「……ッ!?」
「ははは、やんちゃな子だ。よーしよし、いい子だ」
「なっ……このっ」
腕を掴まれ、頭を無理やり撫でられた。
気持ち悪かった。
私に触れる手が生暖かく、頭を撫でる手がおぞましい。身体をよじるが、離れない。
「はな、せ……っ!!」
「っと、ははは。いいじゃないか。かわいいかわいい。あはははは」
「……馬鹿にしてるのかしら。もういいわ……斬る」
変身し、仮面を被り、髪が白くなる。
ユピテルは「うんうん」と笑顔で頷いた。
「神器の力か。不完全で、まだまだ荒いけど……これは異端審問官が苦労しそうだ」
「『鳳凰印』!!」
双刀を交差させ、一気に斬り裂こうとした……が。
「まだまだだねぇ」
「なっ」
交差した瞬間、ユピテルの手にいつのまにかあった『枝』で、刃を抑えつけられた。
ピクリとも動かなかった。こんな、筋肉も付いていない男に、私の剣が。
「こ、の……!!」
「お、いいぞいいぞ。もっともっと押してこい」
笑っていた。
遊んでいる。私の剣を押さえ、遊んでいる。
私は青筋を浮かべ、このチャチな枝をへし折ろうと押す……すると。
『馬鹿野郎!! 冷静になれ、力比べしてどうすんだ馬鹿が!!』
「っ!!」
オウマに言われ、私は飛びのいた。
ユピテルは「残念」と言い、枝をポイっと捨てる。
『イチゴ、冷静になれ。いつものキレはどうした? 研ぎ澄ませていたんじゃねぇのか? クソみてえな使い方しやがって……それでもこの六天魔王の使い手かよ!!』
「……オウマ」
『やるべきことをやれ。いいか、俺とオマエの力が合わされば、敵はいねえ』
「……うん。ごめん」
殺戮衝動に負け、私は冷静さを失っていた。
深呼吸し、オウマを鞘に納め、力を抜く。
そして、待っていたユピテルに言う。
「質問、いいかしら」
「おお、いいぞ。なんでも聞きなさい」
ユピテルはニコニコしながら、腕組みをして頷いた……ムカつくけど冷静に。
「『火星』のアイレース、そして配下の異端者であるアルシエノ……二人がどこにいるか、わかる?」
「おや、用事でもあるのかい? アルシエノ……ああ、あの女の子か。ふふ、なかなか面白い子だったよ。それに、強い」
ユピテルが『強い』なんて言うことに驚いた。私は冷静じゃないとはいえ、自分の刃を見せているのに、強いどころか遊ばれている。
ユピテルは言う。
「そうだなあ。いろいろ教えてあげようか」
「……」
このユピテル……もしかして、情報源としては最高かもしれない。
◇◇◇◇◇◇
ユピテルは、嬉しそうに話し始めた。
「この世界が、神の創造した世界というのは知ってるね? そして、きみたちの世界は、この世界をベースに、天上人が作り上げた模造品……いわゆる『分子世界』と呼ばれる」
「知ってるわ」
「おやそうかい。じゃあ、この神の世界について。この世界はとても広い。それこそ、分子世界の十倍以上の広さがある。私たち原初の天上人である『八極星』は、この世界を八等分し、それぞれ管理することにしたのさ」
「……ここは、あなたの管轄なのね」
「ああ。ふふ、美しい世界だろう? 大自然が多く、平和そのものだ。『金星』や『土星』のような混沌世界ではない。自然こそ、美しい」
少し同意できる。ヴィナス、サターンが何かわからないけど。
「さて、この世界ことが広いことは理解できたね。きみが会いたがっている『火星』のアイレースだが、不幸なことに私の管理する地の隣、アルティニアにいる。そこに行けば、嫌でも会えるさ」
「……アルティニア」
「うん。そうだ、ここデュミナス帝国も大きいけど、もっと大きいエウロパに来ないかい? きっと楽しいぞ」
こいつ、どこまで本気なのかしら。
でも……情報は手に入った。アルティニア……そこに、ハイドの敵がいるのね。
「もういいわ。感謝する」
「気にしないでくれ。さ、食事でもどうだい? きみの世界で、きみがどう生きたのか、聞かせて欲しいな」
「それは……自分の身体で知ればいいわ」
話は終わった。
私は腰を落とし、オウマの柄に手を触れる。
ユピテルは、困ったように微笑む……この顔も見慣れて来た。
「あ~……戦いたくないよ。平和が一番さ」
「そうね、そうかもしれない。でもね……あなたが戦いたくなくても、私はあなたを斬りたいの」
「うーん、どうすればいいのかな」
「戦いなさい。そもそもあなた……戦ったこと、ないの?」
「ないよ。必要ないじゃないか。だって」
ユピテルは、当たり前のように言った。
「怒りの感情なんて、持つだけ無駄さ。これまでいろんな人間が怒って私に挑んできたけど、みんなすぐに大人しくなるしね。力の差があれば、争いなんて意味がない。無駄だって気付くからね」
「…………」
こいつにとって戦いとは、意味のないこと。
猫の喧嘩と同じなのだ。喧嘩をしている猫を見て「しょうがないな」と微笑み、間に入る。
命の危険なんて感じたことがないから、割り込める。
真の意味で、命が脅かされたことのない強者だから。
争う意味があっても、戦う意味があっても、関係ない。そんな理由はどうでもいいし、ユピテルにとっては意味のないことだから。
「……あなたは、弱者の心が理解できないのね」
「そりゃそうさ。だからこそ、戦わず、みんな仲良しでいればいい。私は、それができる。私がいれば、この世界は平和そのもの。争いなんておきないさ」
「地獄ね」
この世界は、地獄だ。
「醜い争いも存在するのは間違いないわ。でもね……どうしても引けない戦い、理由だって存在する。その理由を奪い、牙を折ること……それは、無関係のあなたがしていい行為じゃない」
「ふむ、そういう考えもあるのかい?」
「ええ。そういう無神経な、独りよがりの考えをなんて言うかわかる?」
私は刀を抜き、ユピテルに突きつけた。
「自分勝手っていうのよ」
「なるほどねえ……でも、私は『八極星』だし、それも許される。やっぱり、争いなんてないほうが平和だよ」
「……邪悪にも種類があるのね。私も学んだわ……じゃあ何であなた、この闘技場での戦いを見ていたの?」
「ははは、面白いからさ。理由なき力比べも、たまには悪くないだろう? 猫のじゃれ合いも見てて楽しいからね」
「……はあ、もういいわ。あなたと喋ってると頭にくる。この世界は……アナタの手から離れるべきね」
「なぜそんな結論になるんだい? うーん、わからないなあ」
私は腰を落とし、呼吸を整える。
そして、考えたまま隙だらけのユピテルに向けて、魔力で強化し突進。
双刀を交差させ、振り抜いた。
「『鳳凰印』!!」
「おっと、あぶな──」
再び、枝で刀を抑えようとしたが、枝は斬裂かれ、ユピテルの身体に斬撃が命中。そのまま吹き飛ばし、闘技場の貴賓室の壁をブチ破り、ユピテルが座っていた玉座を破壊して壁にめり込んだ。
『ヒュウ、いい一撃だぜ』
「魔力で強化しての一撃……コツは掴んだわ」
『いいね。やっとオマエらしくなってきた。へへ……来るぜ」
すると、貴賓室の壁が吹き飛び、いくつもの『枝』が飛び出し、成長する。
それだけじゃない。地面から大量の『根』が伸び、樹木に成長し、周囲を囲み『森』を形成していく。
私の周りだけ木々がない。頭上に、十二枚の翼を広げた『木星』のユピテルが、無傷で浮かんでいた。
「いや~……痛かったよ。全く、おいたがすぎるよ、ええと……イチゴちゃん。それにしても、今……何をしたんだい?」
私はクスっと微笑み、ユピテルに二刀を向ける。
「大したことじゃないわ。ただ──……斬っただけよ」
戦いが、始まった。




