本選開始
宿屋にて。
私はお風呂に入っていた。
高級宿のお風呂は広い。王城のに比べたら狭いけど……それでも高級。
石鹸もいい香りだし、浴槽用の香油があったので湯舟に垂らすと、甘い香りがした。
『くっせぇな。んだよそれ』
「香油。ていうかあなた、刀のままなのに匂いわかるの?」
オウマは、刀の状態で湯舟に入れてある。よくわからないこだわりだけど……お風呂に入る時は刀の状態がいいらしい。へんなやつ。
私は泡を落とし、湯舟に浸かった。
「ふう……」
『……おいイチゴ。今のうちに言っておく』
「なに?」
私はお湯を掬い、二の腕にかける。
若い身体……肌もスベスベ。でも、筋肉が付きにくい身体なのよね……胸も邪魔だし、月イチで体調最悪になるし、男に生まれたらって何度も思ったっけ。
『勝てない時は逃げろ。わかってんだろ』
「……私が負けると?」
『わからん。だが……俺ぁ、この世界を想像した神に作られた神器だから何となくわかる。「八極星」とかいう連中は、俺らと同じ、神が直接創造した天上人だ。どうなるかわかんねぇ』
「……わかってるわ」
オウマは言う。
『オマエ、技のキレはどうだ?』
「全盛期にはほど遠いわね。どうも、この身体には魔力が流れてるせいか、研ぎ澄まそうとすると魔力がぬるま湯みたいに感じるのよね……魔力で身体を強化する鍛錬もしてるけど、二つを合わせるとなると、まだまだ鍛錬が必要ね」
でも、確信はある。
今、魔力を得たこの身体なら……私の刀技、魔力と合わせて全盛期を超えられる。
『オマエの技……鳥の名前だったか。全部思い出したのか?』
「まあね。私の刀技より、あなたの能力はどうなの?」
『俺の能力は無敵だ。今のオマエじゃ、一日に一撃が限界だ。神殺しの刃……それを外したら、死ぬと思えよ』
「私が一度でも、刃を外したことがあった?」
一日一刃の切り札……オウマの能力。
「ふふ、この世界を創造した神が作り出した天上人……斬るのが楽しみ」
『フン、オマエも変わんねぇな。とりあえず……今日はさっさと寝ろよ』
私は湯舟から上がり、オウマを抱えて部屋に戻るのだった。
◇◇◇◇◇◇
翌日。
私は着替え、朝食を取り、オウマを腰のベルトに差して宿を出た。
外では、アレイスターとハイドが何か喋っている。
「だからぁ、その子を少し見せて欲しいって言ってるだけじゃないか。トリスはよくて、なんで僕はダメなんだい?」
「お前は生理的に無理だっつってんだろ。近づくな、触んな」
どうやら、アレイスターはマキナのことが気になるようだ。
マキナはハイドの背中に隠れて怯えてるし、トリスは少し困ったような顔をしている。
私はため息を吐き、男二人の間に割り込んだ。
「朝から騒がしい。アレイスター、やめなさい」
「おやおや。原因が僕にあるとしか考えてないモノ言いだねぇ」
「その通りでしょ……聞こえたわよ。マキナを調べたいとかなんとか」
「その通り。『機械』だったかな? 僕が知らない技術、興味しかないねぇ」
「ううう……ハイド」
「心配すんな。こんなヘンタイ野郎にお前は触らせねえよ」
アレイスターはマキナをジロジロ見ては目を輝かせている。
キカイ……私にはさっぱりだけど、アレイスターは興味しかないみたいね。
「とにかく、アレイスターはやめなさい。ハイド、あなたも準備はできてるの?」
「ああ、オレはいつでもいける」
「僕はまあ、戦う準備なんて必要ないけどね。実験の準備はできてるよ」
「そう……じゃあ、私は武闘大会に行くわ。タイミングは……」
「お前が優勝した時、ユピテルがお前に祝福の言葉を送る時、だな」
「その時、無駄かもしれないけど『火星』のことを聞いてみるわ」
「イチゴくんが異端者で、マルセリア王国での異端審問官殺害の罪がばれたら、大会中でも異端審問官が襲って来るかもしれないけど?」
「その場合は、戦闘開始」
一番の目的は、『ユピテルを殺し、「火星」にハイドが来たことを伝える』だ。八極星の一人が死ねば、さすがに残りの八極星も何かしら反応する。ハイドはそこで、自分の故郷と家族を失った元凶である幼馴染の異端者と『火星』に宣戦布告するのだ。
できるなら、ユピテルから居場所を聞ければいいんだけどね……まあ、やってみるけど。
「じゃあ、行ってくるわ」
「……イチゴ」
「なに?」
「感謝する。もし、万事うまくいったら礼をさせてくれ」
「……そうね」
「おやおや、僕にお礼はないのかい?」
「お前はこれからの働き次第だな。行くぞ」
私たちは別れ、行動を開始した。
◇◇◇◇◇◇
武闘大会の会場に到着し、私は本選の参加証を見せて控室へ。
昨日はたくさんの人がいたけど、今日はいない。
『おいイチゴ、緊張してるか?』
「それ、本気で言ってるの?」
『うんにゃ、別に』
緊張はしていない。むしろ……早く斬りたいと思っている。
誰もいない通路を進み、控室へ向かっていると。
「…………」
誰か、いた。
いや……これは、見覚えがある。
「…………異端者か」
「…………」
青い髪、青い法衣、そして褐色の肌……腰には、剣。
剣。間違いない、柄にナックルガードが付いた、双刃の剣。
この世界で、私以外に剣を持つ……そして、私を異端者と呼ぶのは。
「運がいいな。ここは、オレの管轄ではない」
「……異端審問官」
「人間がオレを知らないのも無理はない。名乗る意味もない」
そう言って、青い男は壁から背を離し──……。
「オレの管轄以外で、狩ることはしない。だが……忘れるな、オレの管轄で会えば、待つのは死だ」
男は、私の背後にいた。
気付かなかった。一筋だけ、冷たい汗が流れた。
そして、男は歩き去った。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
闘技大会、会場にある貴賓室にて。
そこに、玉座よりも高級そうな椅子に座る一人の男がいた。
『八極星』の一人、『木星』を司るユピテル。
緑色の法衣、エメラルドグリーンに輝く髪と瞳。
ユピテルは、ひじ掛け椅子でリラックスしながら、子供のような笑みを浮かべていた。
視線は観客席に向いており、どこか慈愛に満ちた目をしている。
「ふふ、可愛い子たちだねぇ。優しく抱きしめ、撫でてやりたいよ」
ユピテルの後ろには、二人の一級異端審問官がいる。
ともに二十代前半程度に見える男女。男はスイエル、女はパラシエル。
二人はユピテルの護衛であり、話し相手。
スイエルは、観客席を見て言う。
「ヒトが多い。全く……繫殖力だけは天上人を超えるな」
どこか呆れたような声だった。それにパラシエルが苦笑する。
「短くて粗末な命だもの。繫殖力が高くないと、すぐ絶滅しちゃうでしょ?」
「まあ、確かにな」
「ははは、そこが愛おしいんじゃない。愚かで、可愛くて、抱きしめたくなる。知ってるかい? ゴキブリという生物を」
「「……ゴキブリ?」」
二人は首を傾げる。ユピテルは「ははは」と笑った。
「今はもうない、滅びた世界にいた虫なんだ。知能は低いけど、異常な繁殖力があってね。それに、生命力も高い」
「ゴキブリ……それが、なにか?」
「人間に似ているんだ。フフ……愛おしい。短い命を精一杯輝かせて、短い生涯を終える。私はね、そんなところが好きなんだ。まあ、ゴキブリのいた世界はもうないけどね」
ユピテルは、生きとし生けるモノ全てが『愛おしい』と思っている。
そこに、序列はない。
人も、魔獣も、虫も、動物も……人が作ったぬいぐるみや、造形物なども同じ。
全てが同じ、愛おしいのだ。
だから、残酷。
「一度、試したんだ。ヒトとゴキブリ、犬猫、魔獣を合わせた新生物を作って見たけど……ダメだった。歪なまがい物しかできなくてね。全ては、個で完成しているんだ。神の造形物と言ってもいい」
「ユピテル様、それは……」
「あはは、否定しないでいいよ。私たち天上人も、神の造形物だからね。同じにはなりたくないんだろう? でも……そんなところも愛おしい」
すると……ユピテルの近くにあるテーブル、そこに置いてあった水差しの水が輝き、一気に溢れた。
スイエル、パラシエルがすぐに反応するが、ユピテルが手で制する。
水が形となり、現れたのは……青い法衣、水色のロングヘア、青いヴェールを被った女性。
「やあやあ珍しいこともあるねぇ。メルクリウスじゃないか」
「ユピテル……今日は天上神への祈りを捧げる重要な日ってこと、忘れたのかしら?」
女性……メルクリウスは、ジロリとユピテルを睨む。
スイエル、パラシエルが跪くが無視。ユピテルは苦笑する。
「イヤだな、メルクリウス。祈りは無駄だって、何度も言ったじゃないか。もう、私たちの神は私たちに興味がない。現に、祈りを捧げても神は答えないじゃないか」
「あなた、それでも『八極星』なの? 創造主に祈りを捧げる行為を踏みにじるつもり?」
「そんなつもりはないよ。でも現に、祈りの日に祈りを捧げているのは、『水星』のキミだけじゃないか。他の七人も祈りなんて捧げてないけど、天罰なんてない」
「……」
「もしかしてメルクリウス……私以外の『八極星』にも声をかけた?」
「……あなたで七人目」
「で、みんな断られたと。あはは」
「……チッ」
メルクリウスは舌打ちする。
すると、いつの間にか部屋にいた青髪の青年が跪いたまま言う。
「メルクリウス様。祈りの時間が迫っています」
「……わかったわ。ユピテル、いつか主の天罰を受けるわよ」
「あっはっは。そうだね、覚悟しているよ。と……ガブリエルくん、きみも大変だね」
「いえ」
ガブリエルと呼ばれた青年は、ユピテルに丁寧にお辞儀した。
そして、スイエルとパラシエルに言う。
「私の管轄外なので手出しはしなかったが、異端者がいる。警戒しておけ」
「「はっ!!」」
メルクリウスが指を鳴らすと、二人は水となって再び水差しに戻った。
もう、二人の気配はない。
スイエル、パラシエルがユピテルに言う。
「ユピテル様。一度、異端審問官たちへ警戒命令を」
「ああ、必要ないよ」
「……え?」
ユピテルはにっこり微笑む。
「面白いじゃないか。異端者がこの大会に出るなら、最後まで見守ろう。ふふ、面白いからね」
「「…………」」
ユピテルに命令に納得できずとも……二人は頷くしかなかった。




