ヘンな世界
私の名前はイチゴ・ヒトフリというらしい。
顔立ち、身体付きは完全に『若い頃の私』で、違和感はない。
違和感があるのは、この世界だった。
「イチゴ、学園の春季休暇明けとなる今日は大事な一日だ。いつまでも落ちこぼれのままでいたくあるまい……しっかり学ぶように」
「……はい、お父様」
吐き気がする……なによ『お父様』って。
まず、私は貴族の家にいる。
最初こそ動揺したが、少しずつ記憶が蘇っていく気がした。
食事を終え、着替えるために自室へ行き、ベッドにダイブする。
「……転生」
仰向けになり天井を見る。
貴族の屋敷……ここは、ヒトフリ騎士爵家。
「……夢じゃない」
私は、八十年以上生きた。
世界平和連合軍で戦い続け、最後の最後……あの『光るヒト』に負けたのだ。
そして、この世界の輪廻転生に組み込まれ転生。だが……自分が転生したと気付いたのはついさっき、ベッドから起きた瞬間だ。
私には、この十六年の記憶がある。
私は、過去のことを知らず十六年生き……昨日寝て、過去の夢を見て、ついさっき全てを思いだしたのだ。つまり私は私である。
同時に、この世界のこともわかり始めてきた。
「……あ、学校」
私は、嫌々着替えをする。
鏡台で化粧をする……と言っても、化粧水をつけるだけ。貴族とは言え騎士爵のこの家に、高級な化粧品なんて存在しない。
制服に着替え、長い黒髪を櫛で梳く。
鏡の前には、十六歳の私がいた。
「はぁぁ……行きたくない」
父も言っていたが……学校には、私が『落ちこぼれ』である理由が存在する。
同時に、この世界の異質さも私は思い出していた。
◇◇◇◇◇◇
我が家に馬車などないので、学園へは徒歩で向かう。
道中、私は嫌でも目についた。
「おい、そっちの運んでくれ」
「はいよ」
大きな荷物を『魔力』で浮かべて運ぶ恰幅のいい女性。
魔力を使い身体強化することで木箱を受け取る男性。
魔力で文字を書く男性、魔力で野菜を砕き鍋に入れる女性。
魔力で、魔力で、魔力で……そう、この世界では『魔力』が当たり前。生まれたての赤ん坊から、晩年の老人までもが魔力を使って生活をする。
「便利になったものね……まあ、私が生まれる前からか」
歩きながら、私は自分の手を見る。
魔力……と念じると、薄ぼんやりしたモヤが手を包む。
私も魔力を扱える。でも……慣れない力なのか、上手く扱えずすぐ霧散する。
ふと、思い出す。
「無力な世界で、後悔しながら生きろ……か」
私は、町を歩きながら見た。
主婦が野菜を魔力で包んで砕き、鍋に入れているところを。
男性がロープを引っ張り引きちぎるところを。
「『斬る』という概念が、存在しない世界……」
そう、この世界に『斬る』という概念がない。
野菜を切ることなく砕き、ロープを斬ることなく千切る。
刃物が存在しない。今朝だって、スプーンはあったがナイフはなく、フォークではなく『箸』だった。
刃物を作る技術が存在しないのだ。だから、剣も槍も斧もない。
道行く兵士だって、剣を持っていない。魔力があるから魔力を使って戦うのだ。
そして……私がこれから行く学園も、魔法学園。魔法を学ぶところだ。
◇◇◇◇◇◇
学園に到着し、私は自分の席へ。
すると……待っていたと言わんばかりに、数名の女子が近づいてきた。
「あ~ら、おはようございます。イチゴさん」
「……おはようございます」
確か、どこぞの伯爵令嬢だったろうか。
なぜか私を目の敵にしている。魔法の成績もよく、私なんか気にする必要ないはずなのだが。
すると、伯爵令嬢は言う。
「あなた、第一王子セイン様のお茶会、お断りしたそうじゃない。落ちこぼれのくせに何様かしら」
「……ああ、はい」
「何、その返事……馬鹿にしているのかしら」
「いえ、別に」
「~~~~!! もういいですわ。フン」
行ってしまった。
何がしたかったのだろうか。
というか……第一王子のお茶会、お茶会……ああ、思い出した。
先日、茶会に参加してと手紙貰ったっけ。でも、興味ないからお断りしたんだった。
「ねえオウマ、お茶会って……あ」
ふと、今はもういない相棒に話しかけてしまった。
腰にいつもあった剣。口うるさいが、話し相手としては最高だった。
ずっと一緒だった剣が、もうない。
「…………」
私は、腰に触れる。
もうそこに、相棒はいない。
◇◇◇◇◇◇
授業が始まった。
ここは魔法学園なので、学ぶことは魔法のことばかり。
今は、魔法座学だ。
「えー、魔法には基礎四属性である地水火風、上級四属性である光闇氷雷があります。この八つの属性に適した属性が皆さんの身体にあり、属性に合わせたカリキュラムを組むことで……」
魔法、か。
私には使えない。というか……その適正とやらがない。
でも、私は騎士爵家に生まれた以上は、この学園に通わないといけない。
父は、ここで『王子に認められて婚約者になれ』とか言っていた。そうすれば、王家とつながりができて、貧乏騎士爵の生活も抜け出せると思っているのかもしれない。
でも……正直、興味はない。
むしろ、興味があるのは。
「この世界には『魔獣』と呼ばれる生命体が存在します」
魔獣。
異質な生命。
「魔獣の力は強大です。魔獣狩り、迷宮探索を専門とする冒険者や、国家に所属する魔法騎士などの活躍により、危険は減りましたが……それでも、この世界には危険がたくさんあります」
ゾクゾクした。
なぜ、あの光るヒトがこの世界に私を送り込んだのか知らないが……面白そうだ。
幸い、私が知る限り、この世界では戦争など起きていない。
『斬る』という概念は存在しない世界。だったら……私が『斬れば』いい。
「……イチゴ・ヒトフリさん、どうされましたか」
「あ……いえ、なんでもありません」
興奮したせいか、ペンをへし折ってしまった。
注目が集まり、私は素直に頭を下げた。
「皆さん、魔法は当たり前のように存在する無くてはならないものです。ですが……踏み込んではならない領域というのも存在します。もし、『禁忌』に触れた場合、『異端審問官』が動き、粛清となることを忘れないように」
空気が冷え込んだ。
異端審問官……その言葉は知らない。
「異端審問官とは、『禁忌に触れた者』を断罪する神の遣いとされています。今、こうしている間にもどこかにいる……ですがご安心ください。禁忌に触れなければ決して現れることはありません」
私は、なぜか『光るヒト』を連想した。
同時に、チャイムが鳴る。
「それでは、次は魔法実技です。杖を用意し、演習場へ集合してください」
杖……ああ、剣士でいう剣みたいなものか。
一応、私も持っている。
◇◇◇◇◇◇
杖を手に、演習場へ。
私の杖は古く長い木の棒だった。先端に魔結晶という、魔力を増幅する石が付いている。母親のお下がりだけど、かなりボロボロだ。
でも……けっこう堅い。
「それでは、魔法演習を始めます」
教師が言う。
他の生徒を見ると、綺麗な装飾がされた杖や、指揮棒みたいな杖もある。グローブみたいなのもあれば、筒のようなものもある。形状は様々だ。
すると、伯爵令嬢が取り巻きを連れて近づいてきた。
「あらイチゴ・ヒトフリさん。その杖……なんてみすぼらしい」
「そう思います? 私もそう思います」
「……余裕そうな返しですが、すぐに舐めた口を利けないようにしますから」
「はあ」
何が言いたいのかよくわからない。
授業が始まり、まずは的当てからだ。
「杖に魔力を込め、発射する基礎魔法です。杖なし、杖ありで練習しましょう」
同級生たちは、人差し指から魔力の弾を発射し、遠くの的に当てた。
杖を使って魔力の弾を放つと、威力が違うことがよくわかる。
杖は、魔力の増幅装置であり、雑な魔力の乱れを調整する器具なのだ。杖そのものが武器となる場合もあり、属性なども加えると戦い方は様々だ。
そして、私の番。
「……むっ」
人差し指に魔力を集中……発射。
だが、魔力はフラフラと頼りなく飛び、途中で消えてしまった。
背後で大笑いが起きた。まあ、確かに笑いたくなるくらいヘタクソだ。
次は杖……だが、多少まっすぐ飛んだからと上手いわけではない。魔力がまた消えてしまった。
また大笑い。教師も苦笑いで言う。
「イチゴ・ヒトフリさん。もう少し魔力を増やして、的をしっかり狙ってください」
「はい」
だが、うまくできない。
私は、魔力の扱いが致命的にヘタクソだと改めて自覚した。
◇◇◇◇◇◇
次は、模擬訓練となった。
魔力による攻撃がメインの訓練。貴族も戦場に出る場合があるので、今のうちに実戦慣れしなければということで行われる。
私は、白けていた。
こんな、人を殺したこともない、殺意もないような『お遊び』に、何の意味があるのだと。
「先生、私とイチゴ・ヒトフリさんで模擬訓練を行います」
白けていると、伯爵令嬢が言った。
どこか勝ち誇っているようだが、私は首を傾げる。
教師は迷ったが、「わかりました」と許可をした。
演習場の中央へ行き、伯爵令嬢と対峙する。
「さて、属性魔法を使っても?」
「ああ、はい」
「……あなた、本当に理解してる? 私の属性は『火』……ふふ、その綺麗な髪、燃やしてあげる」
「はあ」
隙だらけだった。
二歩踏み込んで、首を掴んで、捻るだけ。
それだけで、殺せる……。
「……っと」
危ない危ない。殺しちゃダメ、殺しちゃ。
距離を取り、互いに杖を構える。
(……あ、そうだ)
斬ることはできないけど、殴打なら。
そもそもこの魔法訓練、杖も武器として使える。
「それでは、開始!!」
「ふふん、死になさい!!」
伯爵令嬢の杖に魔力が集まり、炎となる。
火球。それが、私目掛けて飛んで来る。
だが、私は。
(死ね?)
死ねと言われた。
過去、何度も言われた。その度に否定し……逆に、殺してきた。
殺した。コロした、コロシタ……アア、コロシテイイノカ。
「えっ」
私は、火球を紙一重で躱し、伯爵令嬢を見た。
「ヒッ」
私の目は、冷酷な殺意に染まっていたと思う。
敵を殺す。斬り殺す。そのためだけに、私の剣はある。
私は地面を蹴り、無防備に手を突き出している伯爵令嬢の腕を切断した。
「ッギャアアアアアアアア!!」
切断……していなかった。
そっか、これは杖だった。
でも、杖で殴打したから腕が砕け、へし折れた。
伯爵令嬢の杖も砕け、驚愕、迫る痛みに絶叫する。
崩れ落ち、腕を押さえる伯爵令嬢。絶叫は続き、粗相し、涙があふれている。
私は、杖を振り上げた。
「死ね」
伯爵令嬢の頭を叩き潰せば、私の勝ち。
私は杖を振り下ろした。
『──やめとけ、馬鹿』
「ッ!!」
だが、呼ばれ、止めた。
──オウマ?
周囲を見渡すが、誰もいない。
ただ、白目を剥いて仰向けに倒れた伯爵令嬢、青ざめる生徒、教師しか見えなかった。
「…………」
私は、しばらく動けなかった。
◆◆◆◆◆◆
演習場を見下ろせる学園の建物の屋根に、一人の男がいた。
黒髪、ピアスを付け、目元が髪で隠れている。だが、顔の輪郭、着崩した制服など、スタイルはかなりよく、ニヤリと歪んだ口元も嬉しそうに歪んでいた。
「みっけ……よーやく、思い出しやがったか」
ポケットに手を突っ込んだ男は、嬉しそうに笑っていた。
◆◆◆◆◆◆
演習場の影に、白い服を着た女が立っていた。
「……異端の可能性あり。報告します」
そう呟き、すぐに消えた。




