プロローグ
かつて、争いの絶えない世界があった。
多くの種族が領地拡大を求め争い、殺し合い、喰らう。
人間、亜人、獣人……手を取り合うことなど一度もない世界があった。
その世界に、一人の少女が生まれ落ちた。
母親は普通の女性だった。
ただ普通と違うのは、母親の住んでいた村が戦火に焼かれ、母親は兵士に殺された。
真実かどうかはわからない。
少女は、斬り殺された母親の腹から這い出て生まれ、家畜の乳を吸っていたらしい。
その後、戦場荒らしをしに来た義理の両親に拾われ、ようやく人として生きることになった。
黒髪、赤眼の少女だった。
顔立ちが非常に整っており、六歳という若さですでに達観したような、落ち着いた少女だったらしい。
少女は、平穏とは言えない生活を送っていた。
十二歳になれば売られることが決まっていた。だから、十一歳まで親元で生活することにした。
その間、教育を受け、世界の仕組みを知り……『刀』を知った。
アズマ人、という片田舎の行商人が持って来た、殺すための刃だった。
少女は、それを見て……心奪われた。
まるで、宝石のようだった。
キラキラした刃は、触れるだけで全てを断ち切った。
だが、戦場では人気のない武器だった?
行商人も「さっさと処分したいんだがな」と言っていた。
少女は、「どうして?」と聞いた。
「脆いんだよ。確かによく斬れるんだが、手入れは面倒だし、力ぁ強い男が使うとポッキリ折れちまう」
少女はわかった。
それは間違いなく、使い方が違うのだ、と。
行商人は、ボロボロの刀を地面に放る。
「こいつはもう錆びてるし、薄気味悪いから捨てようと思ってたんだ。お嬢ちゃん、買うかい?」
迷いはなかった。
少女は、義両親の財布から金を盗み、行商人からボロボロの刀を買った。
あとで、金を盗んだことがばれて何度も殴られたのだが、少女は後悔しなかった。
この日から、少女は刀を眺めるようになった。
◇◇◇◇◇◇
十一歳になったある日。
少女は不思議な体験をした。
『……オマエ、飽きもせずに俺を眺めて、飽きねえのかい?』
ボロボロの刀が、喋り出したのだ。
だが、少女は驚かなかった。
「ええ、あなたは美しいもの。毎日見ても飽きないわ」
刀は、呪いの刀だった。
刀は言う。
『「六天魔王」……魔剣最強と言われた俺を、美しいねぇ』
「ええ、美しい。ふふ……キレイ」
『変なヤツ。まあ、俺の目に叶ったからこうやって声を出してるわけだが……オマエ、俺を使う気あるか?』
「ええ。あと半年もしたら、私は娼館に売られる。その前に両親を殺すために使わせてもらうわ」
『…………』
真顔で、当たり前のように『両親を殺す』といった少女。
さすがの魔剣もポカンとし、思い切り笑った。
『ぎゃっはっはっはっは!! ブッ飛んでんなあオマエ!!』
「今の両親は、私みたいな孤児を救ってるフリしてるけど……拾うのは女の子だけで、男の子は普通に殺してるわよ。しかも、育てた女の子はみんな娼館に売り飛ばされてるしね」
現に、少女が住むこの家には、少女と似たような境遇の女の子が何人か住んでいた。
全員、身体にアザや暴力の後がある。少女は身体も小さく発育も悪いため、義父の『暴力』を受けることはなかった。
同じ境遇の少女たちを見てきたが、拾われた数日は喜んでいるが、一週間もすると顔が曇り、一ヶ月もすると拾われる前と同じ顔になる。
救われたのではなく、飼われているだけなのだと、気付くのだ。
話を聞き、魔剣は笑った。
『いいぜ、オマエが死ぬまでオマエを所有者として認めてやる。オマエ、名前は?』
「『』よ」
こうして、少女は魔刀ロクテンマオウと契約した。
◇◇◇◇◇◇
十二歳になった。
少女は家を出た。家にいた少女たちも解放された。
財産を分け、少女たちは自由を求めて家を出た。
『どこへ行く?』
「戦場かな。考えてたけど……やっぱり、普通の暮らしはムリだと思うからね」
『そうかい。というかオマエ、なんで両親を殺さなかった?』
「手足を切り落とす程度で十分。残りの人生、死ぬより辛いでしょうね。自殺する度胸もないでしょうし、財産はゼロ……十分じゃない?」
『へへ、悪い子だねぇ』
「ええ、悪い子なの、私」
少女は、クスッと微笑んだ。
◇◇◇◇◇◇
それから、十年が経過した。
少女は二十二歳になった。
黒衣を見に纏い、腰には刀を差し、雇われれば誰でも殺す刀士として有名になっていた。
二つ名は『鬼斬姫』……美貌にも磨きがかかり、幼少期とは比べ物にならないスタイルで、多くの男たちを虜にした、が。
『オマエ、男に興味ねぇの?』
「ないわ」
少女……いや、女性は男に全く興味を示さなかった。
興味を示したのは剣術、剣技だけ。
多くの剣士を相手に戦った。様々な技を吸収し、自己流の剣技を手に入れた。
女性は、世界トップレベルの強さを持つ傭兵として戦っていた。
「明日から長期の依頼。世界平和連合軍とかいう組織で戦うから」
『へいへい。世界平和ねぇ……この世界が平和になるなんて、あり得ないけどな』
世界は、女性が幼少期のころから全く変わっていない。
むしろ、争いは激化し、多くの人が死んでいた。
そんな中、『世界平和連合軍』という組織が、争いを止めるために活躍を始めた。
女性は、そこに雇われた……戦いを終わらせるために、戦ってほしいと。
「まあ、私は斬るだけよ」
この選択が、女性を終わりのない戦いへ……そして、運命へと踏み込ませたのだった。
◇◇◇◇◇◇
二十年が経過した。
女性は四十代になり、その技は完成し、達人と呼ぶにふさわしい剣士となっていた。
「こ、これが『鬼斬姫』……!!」
「もう姫なんて歳じゃないけどね」
四十代だが、女性は驚異的な若々しさだった。
世界平和連合軍で戦い続け二十年。斬った人間は万を超えた。
ロクテンマオウもずっとそばにいる。
『……二十万だ』
「ん?」
『さっき斬ったやつで、ちょうど二十万人目だ』
「ふーん」
女性は興味なさそうだった。
たった一人の人間が、二十年で二十万人斬ったのだ。
あまりにも異常だった。同時に、戦場でしか生きられないという意味でもあった。
「じゃあ、死ぬまでに百万人、目指そうかな」
冗談なのか、本気なのかわからない答えだった。
◇◇◇◇◇◇
四十年が経過した。
女性……いや、老婆は八十歳を超えていた。
さすがに身体は衰えたが……それ以上に、刃が研ぎ澄まされていた。
人たちで千を屠る最強の剣士として、世界の抑止力ともいえる強さを手に入れた。
そして、長きに渡る戦いが終わりをつげ……『世界平和連合軍』が世界統一を果たし、真の平和が訪れるようになった。
老婆の戦いは終わった。
刀を置き、余生を楽しむことできる……そう、思ったのだが。
世界平和連合軍が作り出した象徴であり、新たな国の頭上に、何かが現れた。
『』
それは、ヒトのような、同時にヒトではない何かだった。
翼の生えた人間が現れ、得体のしれない言葉を放ち、首を左右に振ったのだ。
わかったのは、それが敵意……ではなく、憐れみだったこと。
それを見て、老婆はキレた。
『よせ!! あいつは天上の存在……人間であるオマエにどうこうできる相手じゃねぇ!!』
「黙りな!!」
老婆にはわかった。
あの『天使』は、見切りを付けに来たのだ。
争いが絶えない醜い世界を断罪すべく、この世界を壊すために現れた。
老婆は迷わなかった。
刀を手に、天使目掛けて一気に飛び、真正面から対峙。
そして、柄に触れた瞬間。
『きみは、汚れてる……輪廻転生にも組み込めない。ごめんね』
憐れまれた瞬間──老婆の身体を、閃光が貫いた。
◇◇◇◇◇◇
こうして、少女の、女性の、老婆の人生は幕を閉じた。
その後、世界がどうなったのかわからない。
わかるのは……老婆は、何もできなかったこと。
『きみは、輪廻転生させることができない。だから、きみの力を封印したうえで、別の世界の輪廻に組み込む。無力な世界で後悔しながら生きて、生を全うするといい……きみが二度目の人生を終えた時こそ、本当に死ぬことができる』
何かが聞こえてきた。
そして、少女の、女性の、老婆の魂が闇に落ち……光が差した。
「──っ!!」
目を覚ますと、柔らかいベッドの上だった。
周りを見渡すと、簡素だがきちんとした『少女の部屋』だった。
鏡台があり、クローゼットがあり、花瓶に花が活けてある。
身体を起こし、自分の手を見て気付いた。
「……え!?」
スベスベな肌だった。
顔に触れると、きめ細かな質感。
胸に触れると、大きな果実が実っていた。
着ている服に触れると、上質な寝間着だった。
「……何これ」
鏡台の前に立ち、少女は硬直した。
そこにいたのは、若かりし頃の自分だった。
十代半ば。未熟で、何も知らなかった少女の自分が、そこにいた。
すると、ドアがノックされる。
ビクッとして、思わず腰に手を伸ばす……そこに『刀』は存在しなかった。
ドアが空き、入って来たのはメイドだった。
「おはようございます。朝食の時間です、着替えてダイニングへ」
「……え、あ」
「聞いてますか? お嬢様、ダイニングへ向かってくださいね」
「…………」
お嬢様。
背中がゾワゾワした。生まれてからお嬢様など呼ばれたことはなかったのだ。茶化すような言い方をした男はいたが、全員股間を蹴り上げたら二度と言わなくなった。
メイドは言う。
「イチゴお嬢様、聞いてますか!?」
「……い、イチゴ」
「イチゴ・ヒトフリお嬢様。ヒトフリ騎士爵家のお嬢様ですよ、まったく」
イチゴ・ヒトフリ。
少女……イチゴは、わけのわからないまま、全く別の世界に『転生』したのだった。




