第六話 特位監査士会議(3)
天界第4層アウラステア・中央区/中央監査局――
静寂が長く続いた。
誰もが、その「報告書」に記された言葉を知りながら、口にすることをためらっていた。
紙の端が、かすかな風もない室内で微かに揺れる。
それはまるで、見えぬ手がその報告書をめくろうとしているかのようだった。
やがて、カラストナが小さく息を吐いた。
その指が、机上の紙へと静かに伸びる。
「……第6区域――《アザルの碑》における異常現象、続報なし。
最後の通信記録には、“声がした”とだけ、記されている。」
その一文を読み上げた瞬間、誰もが目を伏せた。
あの区域は、かつて最も盛んに監査が行われ、全体の4割を立ち入り禁止区画とされた地。
監査局でさえ容易に立ち入ることを禁じられていた場所だ。
ヴェルナトスが低く問う。
「監査隊の生存は?」
カラストナは首を横に振った。
「……不明。通信断絶から、既に七十二時間が経過している。
ただ報告書の最後に記録されていたのは、通信ではなく“記号”だった。」
「記号?」と、ラジアルが身を乗り出した。
眼鏡の奥の瞳が、異常な光を宿す。
「そう。意味をなさない連続記号。だが、解析班の報告では立ち入り禁止になるよりもずっと前に使われていた言語とやや一致した。」
「……どちらにせよ、何かしら起きているのだろう。」
セファルの声は、深く、低く響いた。
カラストナは答えない。
ただ報告書の最後の一文を、ゆっくりと見つめた。
そこには、震える筆跡でこう書かれていた。
――『門は、まだ閉じていなかった。』
誰かが喉を鳴らした。
会議室に再び、圧が広がった。
ルミアの眉がわずかに動き、セファルの視線が報告書に釘付けになる。
「……第6区域の現地調査は、俺が行く。」
その言葉に、全員の顔が上がる。
「セファル、それは――」
ルミアが制止しかけるが、セファルは首を振った。
「俺が行かなきゃ、誰も戻らない。“門”が開きかけているなら、監査局の判断では間に合わない。」
その声音には、確信があった。
まるで彼自身、何かを“知っている”かのように。
ルミアはしばらく彼を見つめ、それから静かに頷く。
「……分かりました。ただし、単独行動は了承できません。第4監査隊を同行させます。――補助監査士、リヴィアを含めて。」
その名を聞いた瞬間、セファルの瞳が一瞬だけ揺れた。
だが、返す言葉はなかった。
「了解した。」
――こうして、天界監査局による“封印級悪魔・第六封”調査任務が正式に発令された。
だが、その時、誰も知らなかった。
第6区域《アザルの碑》で彼らを待っていたのは、
悪魔でも、神でもない、“天界そのものの影”だったということを。




