第四話 特位監査士会議(1)
天界第4層アウラステア・中央区/中央監査局――
局内に入るのと同時に異様な空気が全身を圧した。
まるで見えぬ鎖で縛られたかのような重苦しさ。
「だから来たくないんだ」
セファルの声に呼応するように会議室の扉が開いた。
中にはそれぞれの区域の特位監査士がいた。
どうやらセファルたちが遅れてやってきたようだった。
「セファル君。君がくるなんて珍しいね。」
物珍しそうにこちらを眺めるのは第4区域特位監査士のラジアルだ。
その他の特位監査士はセファルをじっと見つめていた。
ラジアルは興味というより研究対象に向けるような、ぞくりとする視線を注いでいた。
彼の眼差しには、温かみも警戒もなく、ただ純粋な分析の欲求だけがあった。
「どんな仕組みで君はそう在るのか……」
小声で呟いた言葉は、問いかけですらなく独り言に近い。そんなことを思いながらもセファルたちが席につき,会議が始まった。
【第1区域】担当特位監査士 ヴェルナトス
今期:102件の監査
【第2区域】担当特位監査下 ルミア=イグナシア
今期:97件の監査 議題:1件
【第3区域】担当特位監査士 オルミエル
今期:134件の監査
【第4区域】担当特位監査士 ラジアル
今期:109件の監査
【第5区域】担当特位監査士 セドナクス
今期:140件の監査
【第6区域】担当特位監査士 カラストラ
今期:57件の監査 議題:1件
【第7区域】担当特位監査士 ラグナエル
今期:119件の監査
【第8区域】担当特位監査士 カリナフィル
今期:99件の監査
【特例監査権限】担当特位監査士 セファル
会議の資料に目を通すと見慣れない文字があった。
会議室が騒がしくなる。
「議題ってのはなんだ、セファル?」
声の方を向くと、第7区のラグナエルがいた。
「第2区域の議題はルミアから報告させてもらう」
静まり返った会議室に、まるで空気そのものが揺らいだかのような緊張が走った。
セファルがそう告げると同時に、ルミアがすっと立ち上がった。
その表情は柔らかくもあったが、同時に背筋を射抜くような冷徹さを宿していた。
「――本件は、第2区域の監査対象において確認された“封印級の悪魔“についてです。」
その言葉に、ざわめきが一層強まる。
“封印級の悪魔”――それは天界において、最も監査局が警戒する事象の一つ。
「報告書を回覧してください」
セファルの報告書が全員に配られる。
その内容は簡潔でありながら、異様な重みを持っていた。
――第2区域・境界域にて「封印級」と判定される悪魔の存在を確
認。所在階層、区域不明
――確認者:第2区域監査局所属、セファル。
――状態: 封印不能率 72% 監査不能率 95%
数分の間、沈黙が続いたが切り裂くように笑い声が響いた。
乾いた、それでいて耳障りな高笑い――。
「ク、ククク……ハハハハハッ!」
会議室の全員が一斉に視線を向ける。
笑っていたのは、第4区域特位監査士――ラジアルだった。
彼は椅子に深くもたれかかり、報告書を指先で弾くように弄びながら、異様な熱を帯びた目をセファルに向けていた。
その視線はまるで獲物ではなく、未知の標本を解剖台に置いた研究者のものだった。
「封印不能、監査不能、階層判定すら不可能……ッ! 素晴らしいッ!」
ラジアルは立ち上がり、机に身を乗り出す。
「天界の法則の外にある存在……まさしく“神の残骸”だ! 我らが長年積み上げた体系を一瞬で踏み越える逸脱! ねぇ、セファル君、君は理解しているか? この意味を!」
その言葉は問いではなく、陶酔に近かった。
まるで新しい玩具を前にした子供のように、ラジアルは頬を紅潮させて続ける。
「もしこれを解き明かせば、監査局の存在意義すら書き換えられる。
抹殺? 愚かしい! 研究し、切り刻み、分解し、理解するのだ! その肉体も、精神も、声すらも――ッ!」
彼の声は次第に熱を帯び、狂気の色を濃くしていく。
ヴェルナトスが眉をひそめて制止しようとしたが、ラジアルは止まらない。
「もしこの悪魔が神をも超える存在ならば――!」
彼は片手を高く掲げ、瞳孔を開ききった目で天井を仰いだ。
「私が最初に、その扉を開けてみせる! そのためにあるのだ、この監査という役割はッ!」
会議室の空気はさらに重苦しくなり、だが同時に、不気味な熱を帯びて揺れ始めた。
他の監査士たちでさえ、ラジアルの狂信的な熱に呑み込まれそうになる。
だがセファルのみが、氷のような視線でその姿を見据えていた。
ヴェルナトス 第1区域の特位監査士 厳格で規律を最 優先するタイプ。
ラジアル 第4区域の特位監査士 狂気をはらんだ マッドサイエンティスト。




