第三話 封印級
天界第4層アウラステア・第2区域/監査士仮宿舎――
「おはようございます。本日は第1,042,120回 天界業務日です。」
「現在時刻より朝の告知を開始します。」
レオンを監査してから1週間が経ち、セファルはレオンに関する報告書と取引相手の悪魔との交信記録の解析に追われていた。
「本日は特位監査士会議が中央アウラステア監査局で執り行われます。該当者は零時までに集合地点に向かってください」
セファルは大きくため息をつきながら席を立つ。
特位監査士でありながらセファルは会議に参加しなくてもよい。
なぜならセファルが持つ“特例監査権限”には監査局長からの直轄命令のもと、通常の規則を一時的に無視して動ける特別な権限からである。
レオンに関する監査も、ルミアから会議上で報告される扱いになっている。
(レオンが取引していた悪魔は、通信の内容から監査局を潰すと豪語できるほどの実力者…)
(おそらく,封印級悪魔だな)
セファルは考えながらも中央アウラステアへと翼を広げた。
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天界第4層アウラステア・中央区/上空――
セファルは途中、ルミアと合流して空路を進んでいた。
白の装束に身を包んだルミアはセファルと対照的にどこか落ち着かない面持ちで、手元の記録珠を何度も確認している。
「……今日も、会議の空気は重たそうね。」
ルミアがぼそりとつぶやくとセファルは苦笑した
「いつも行ってないから返す言葉もないな。」
ルミアは呆れるように小さくため息をついた。
とはいえ、セファルの立場を知っている彼女にとって、それは責めるというよりも、もはや諦めに近い反応だった。
セファルは視線を空の彼方へ移す。
前方には中央監査局――白光を反射する巨大な監査塔が、空の中心で静かにそびえ立っている。
「でも、今日は違う」
セファルはそのまま目を細め、静かに言葉を継いだ。
「今回は、俺の顔も知らない連中が黙ってはいないだろうし、レオンの件はどう足掻いても火種になる。」
「すでに火はついてるわよ。」
ルミアが低く呟く。
「上層じゃ、“調整局の信頼は地に堕ちた”なんて、平然と言ってる長官もいるのよ。」
その声音には苛立ちと疲労がにじんでいた。 彼女もまた、現場の監査士として、理不尽な報告書と日々矛盾する命令に翻弄されてきた。
「……それで、レオンの交信記録のほうは?」
問いかけに、セファルは数秒置いて答えた。
「解析は進んでる。だが、相手の悪魔は依然として正体不明だ。レオンを堕とせるほどの力を持ち、しかも痕跡を完全に消している。……封印級、それも上位の可能性が高い。」
「……上位、封印級……?」
ルミアの眉がわずかに震える。
「そんな存在が天界に干渉しているなんて……このままじゃ、邪悪化する天使がレオン一人で済まなくなる……」
「分かってる。だが──」
セファルの声が冷たく引き締まる。
「腐った組織ごと、監査するのが俺たちの仕事だ。誰がどこまで堕ちていようと、例外はない。」
ルミアは言葉を失い、目を伏せた。 その表情には、怒りと、悲しみに似た思いが浮かんでいた。
「……本当に、終わりの見えない戦いね。でも、私たちが諦めたら、それこそ天界そのものが崩壊してしまう。」
「だからこそ、俺たちは止まれない。」
セファルは空の彼方――白光に染まる監査塔を睨むように見据えながら言った。
「たとえ、この空が崩れようとも、俺は全てを監査する。」
ルミアは顔を上げ、静かに頷いた。 そしてその背に、天使の翼を広げる。
「……行きましょう。監査局が、私たちを待ってる。」
二人の影が、無言のまま宙を駆ける。 白光を反射する中央監査塔が、天界の中心で冷たく佇んでいた――。
セファル 特位監査士であり特例監査権限を持つ
ルミア セファルの同期で同じく特位監査士
監査長 それぞれの区域の監査支部にいる
アウラステア 天界の第4層。10層が最高層である




