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透明な星と天文部

作者:

うちの高校の天文部の部室には昔死んだ女子生徒と幽霊が住みついている、という噂が夏になると恒例行事のように流れ始める。

 現役の天文部員は僕一人しか居ないので、その噂が校内に流れ始めるとなんだか肩身の狭い思いにさせられる。学校というのがとても窮屈な場所のように思えるし、実際そうなんだろうと思う。

 今日も朝からむせ返るような暑さの学校までの道を、全身にじんわりと汗をかきながら歩き、やっと涼しい空気に満たされた教室というオアシスに着いて、耳に入ってくるのは天文部の噂話とその部員である僕の噂で、身体と一緒に心まで冷えてきて幽霊になるまでってこんな感じなのかなと思う。この夏の時期はむしろそれが良いのかもしれない。

 悪い噂も校内の視線もまるで僕とは関係ないものなんだと思い込む。そう僕は誰にも見えない幽霊なんだから、と。

 ただ、噂の内容が本当かどうかに関しては、間違いなく本当で実際あの埃くさい部室の中には幽霊が住みついているし、唯一の天文部員である僕がその幽霊と友達であるというのも真実なのだ。

 でも、僕は彼女を本物の幽霊部員として大事な天体観測仲間だと思っているし、皆がざわつくほどの怨霊や悪霊でもない上に普通の大人びた女の子として充分魅力的だと感じる。

 見えない部分をでっち上げたり、推測で悪い噂を流すのは人間の得意とするところかもしれない。まあ、噂の中心がこの世を一度去った人物ならなおさらか。

 僕はそんな冷ややかな気持ちで朝の時間から放課後まで過ごし、居心地の悪い視線を感じながら天文部の部室へと入った。

 窓際には望遠鏡と地球儀、中央には長机にパイプ椅子が二つ、両脇には本棚が置かれたオーソドックスな部室。

 異質なところといえば、長机を挟んで向かい合って置かれているパイプ椅子の片方に座って本を読んでいるロングの黒髪にスッと細く繊細な目元と整った顔立ちの彼女の存在それ自体だろうと思う。

「こんにちは、幽霊部員さん」

 僕がスクールバックを床に置きながらそう声を掛けると、彼女はちらりと本からこちらに視線をやり、不愉快そうに言った。

「その呼び方、私あんまり好きじゃないな。特にこの時期は」

「確かに、そうだよね。ごめん三枝さん」

「うん、よろしい。君にはいつも名前で私を呼ぶことをいい加減心掛けてほしいものだよ」

「幽霊だから生前の名前で呼ばれるの嫌なのかもしれないと思って」

 なんか未練が増幅しないかとか僕はそういうことを気にしていたり、幽霊としての彼女を尊重するために呼んでいたけど、あまりお気に召していなかったようだ。

「君にはピンと来ないかもしれないけど、幽霊も自分が幽霊って呼ばれることが嫌だったりするんだよ。逃げられたりしたら泣きたくなるし、自分がもう死んだ人間なんだと思い知るのは、気分の良いものじゃないからね」

 なるほど、だったらなおさら今の校内の環境は居心地の悪いものに違いない。

 逃げられると言っても大半の人には見えないのだから、彼女が涙を流す瞬間はあまり訪れないんだろうなと少しだけホッとする。

「それに君に幽霊部員なんてあたかも存在しないかのように言われるのは、寂しい。少なくともこの学校で私が見えるのは君だけなんだから」

 彼女の顔がしょんぼりとしたものになっていて、その反応が少し可愛らしくもある。

「うん気を付けるよ、そういえば三枝さんの生前の話ってあまり聞いてないかも」

 僕がそう切り出すと彼女は持っていた文庫本を閉じてこちらを見る。死んだ後でも本って読めるんだと僕は未だに不思議に思うけれど、死んだ後だからこそなんでもありなのかもしれない。

「面白くないけど、聞きたい?」

 なんだかとっても話したそうだし、僕も聞きたい。

「聞かせて欲しいな三枝さん」

 本当にその後聞いた三枝さんの生前の話は他愛もないものだったけど、今はもう亡くなった人の思い出を本ではなく本人から聞くという体験はとても非日常的で、三枝さんの存在が僕の平凡な日常を特別に変えてくれていると思うと、やはり彼女は大事な天文部の部員であり、友達なのだと思う。

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